堕落小説

□あいうえお
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「貴方に愛されたかった。」


妻は、ぽつりと声を溢した。


俺と愛人の浮気の証拠である写真を並べて、震える声で、そう確かに。
双眼には、銀色の膜が張り、堪え切れず、次から次へと零れて落ちた。


(あぁ、この人は、泣いているのか。)


俺には、反省と言う、この場に適当な感情は持ち合わせてはおらず、謝罪する訳でも、取り繕う訳でもなく素面のまま、ただ呟いた。

「俺も愛してみたかったよ。」


誰かを本当に愛してみたかった。けれど、俺には、それが出来なかった。 


どうしても出来なかったのだ。 

妻も、そんな事は知っていた筈だ。だから、“貴方に愛されたかった。”なんて事を責めずに言うんだろう。


「嘘でもいいから、愛してみたかったさ。」


妻は、俺の絶望にも近い諦めの台詞を聞いて、子供の様な口調で、どうしようもなく茶化した。


「ずるいわ。愛人は。」


「どうして?」


尋ねれば、屈託もなく微笑む。 

「だって、愛人って“愛する人”って事でしょう?それに、愛ってつくもの。」


「“愛”ってつけばいいなら、愛妻だってあるだろう?」


「それって、貴方にしてみたら、結局は、ただの妻なんでしょ?」

「なら愛人も、そうじゃないか。結局は、ただの人だ。」


それを聞いた妻は、何とか取り繕っていた微笑を、崩した。 

そして、か弱く伸ばされた手は、

縋るように、 


突き放すように、 


強く強く、俺に抱きついてきた。 

「人ね。そうね、ただの人。愛人でもないのね…………」


“貴方にとったら、私も、その人も、誰もが、ただの人でしかないのね。”


と妻は、こもった声を出した。 それに、 


“そうだよ。”


と肯定してみせたら、妻は、何とか笑い顔を貼りつけ、


喚いた。


「貴方に愛しい人が出来るまで、愛人が出来るまでは、私は妻でいる事にしたの。
ねぇ、どうか、それだけは、許して下さい。」


「………そう。」


妻は、健気な人だとは思う。 
けれど、俺は、彼女を、ただの一度でも愛しいと思った事はなかった。 


可哀想な人、 


と彼女を哀れむ事しか出来なくて、仕方なく抱き締めた。 


「ごめん。」


俺は、人として終わっているから。


誰も愛せないんだ。 


同性愛者よりも、 
(人を性別を超えて愛せるとは、何と素晴らしい事か!)


幼女性愛者よりも、 


精神病院で叫び散らす廃人よりも、 


どんな駄目な人間と比べても、何か一つ足りていない。 


「愛したい。」


でないと、人として認めてもらえない気がして………………………漠然とした恐怖に、一瞬だけ肩を震わせて、切望と祈ってみた。



(見知らぬ愛しい人。 
頼むから、早く俺の所に来て。) 










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