堕落小説
□ひとかい
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人買い。
人飼い。
人かい?
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床下の水槽。
金網を被せて、魚を逃がさないようにする。
男は、それを覗き込んでは、満足そうに微笑んだりした。
「ふふふ。」
乳白色の天井には、赤色のヘリウムガスを吸った風船が、ぷかぷかと浮かんでいる。
それを見上げる魚は、いったい、どんな気持ちか。
金網に、両手を絡ませて、跡がつくくらいに額を押し付ける。
濡れた黒髪は、乾く事を知らない。
「出せよ!この変態野郎!」
「口を、ぱくぱくさせちゃってさ。餌でも欲しいの?」
唇に無遠慮に触れる青白い指先を振り払うと、びちゃん、と水音がした。
「黙れ。俺は、魚じゃねぇ!」
「ふふふ。跳ねた、跳ねた。」
子供みたいに無邪気に笑う男は、随分といい大人なのに、仕草のせいか少年のようにも、幼女のようにも見えた。
それが、より一層、分別のつかない狂気に思えて、魚は目眩を覚える。
いや、実際に身体の不調からくる目眩なのかもしれない。皮膚が、でろでろにふやけてしまうくらい長い時間、水に浸かっている。 陸生活の長い人間という生物にとって、その行為は、進化に逆らうもので、身体にとっていい筈がない。
「死ぬかもしれない。」
思わず口からもれた。
それは、男の耳にも届いたらしく眉を僅かにひそめた。
「死なないよ。死なせてなんてあげないよ。」
ふふふ。
「そうだ、今度ツガイにする為に雌でも連れてきてあげる。」
とびっきり可愛いのをさ。
「それで、繁殖させるんだ。」
愉しそうに言葉をつむぐ、その口が忌々しい。
黙らせてやろうにも、拳は金網を貫けない。
「いかれてやがる。」
矢張り狂っているのか。
人を買って、飼うのは、まだ何とか理解出来なくもない。
ただ、それを魚のように扱い、ついには、この男は―――――――――――自分を、魚にしたいと思っている。
それも長い時をかけて。
「人は、元々、魚だったんだよ。いいや、海の生き物の類って言うのかな?
まぁ、僕にとったらさ、魚と何等変わりもなかったんだけどね。」
ふふふ。
「それじゃあ、僕が、あんまりにも退屈になっちゃってさ。」