へたれ ト ちきん ト がらすのはーと

□浸水に気付かず。
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「は―い、みんな集合―!!」








パンパンと佐々木部先輩が手を叩きながら皆を自分の周りへと召集する。


その佐々木部先輩が召集を掛けるまで、先輩たちの話し声や笑い声で賑やかだった部屋も一気に静まりかえる。


いつもより早く出勤した私は部屋の隅っこで私は100円玉立てをしていた。

人差し指でバランスを取り、慎重に机に100円玉を立てていく。

既に4枚立った。あと一枚で目標の5枚。

目標達成を目の前にしたなんとも言えない高揚感で胸がいっぱいで、さぁ、100円玉を支えていた指を離そう。

やっと5枚目の直立100円玉の誕生だと思った瞬間にタイミングが悪い事に

佐々木部のお声が掛かった。

プッツンと集中力が切れ、いっきに脱力感が私に押し寄せる。

5枚目の100円が立つ事はなかったが召集が終わった後にまた、やればいい

それよりも集合している場所へいかなければと椅子を引いて立ち上がろうとしたその時。

椅子の引きが甘かったのか、足を上げた瞬間ごんと左足が机の脚に当たってしまった。










「あ゛。」









振動でバランスを崩し、くるくると回転しながら倒れていく私の努力の塊。

シャララ―と特有の音を立てて崩壊していく。


朝の時間を割いて、この100円玉立てに注ぎ込んだのに己の些細なミスで台無しになるとは無念過ぎる。


あっけないな私の努力よ。











「うおぉおうあぁああぁあ――」









己のミスを悔やんで、頭を抱え唸っていると先輩たちの溜息が聞こえてくる。

しかも、1つや2つじゃない。先輩全員に溜息を吐かれた。

恐るべし溜息のシンクロ率。


「溜息なんか吐いたら幸せ逃げちゃいますよ」と場を和ませる冗談をかましたい所だが今はそんな気が起きない。

努力の結晶が無に帰った今、脱力感が半端ない。










「真白、貴方は何・・・・・・・はぁ。」









何だ、呆れすぎて物も言えないってか。

佐々木部先輩は額に手を当てあちゃ―って顔して溜息を吐いている。


他の先輩の顔も見渡せば、白い目白い目白い目白い目。

恥ずかしさのあまり、前髪を弄って俯いた。










「たく、何してるのよ。」



「え?100円玉立てです。」



「見たら分かるわよそれくらい。貴方はもっと有意義に時間を使おうとか思わないの?」











あぁ、また始まった佐々木部論。


他の使用人の心の声が一つとなる。











「私にとってはけっして100円玉立ては無駄ではありません。」



「100円玉立てて何になるのか、是非何になるのかお聞かせ願いたいわ。うふふ。」



「・・・・・・集中力と指先を器用に操る能力の向上です。」



「・・・・・・・・・無理して理由をつけない。聞いてるこっちが苦しいじゃない。」











素直に言いなさい、クッキーあげるから。


駅前にできたカフェの新作クッキーをヒラヒラと振り見せつけながら誘惑する。


何度も言うが人間は欲には勝てない生き物で。










「遊んでました。」










欲を満たすには多少の犠牲も厭わないのだ。

急遽作った言い訳と言う名の張りぼての壁をあっさり破り捨て、遊んでいたと高らかに断言した私。

あぁ、あのクッキー美味しそうだな。なんて悠長に目の前の先輩の手ににあるクッキーの事を考えていると

先輩の綺麗な口元が弧を描く。

此処に来て私は漸く気が付いた。


確実に嵌めたれた。美味しいものに目がない私を逆手にとって嵌めやがった。











「私の呼び掛けに応えないで、遊んでたなんて良い度胸ね。」



「えっ・・・・・・・いや・・・・・・・。」










ちょっ、先輩達そんな憐れんだ目で見ないで下さいよ。


・・・・・・佐々木部、てめ―覚えてろ。











「って事で、今日は玄関の掃除担当は真白ちゃんね。」










えっ。



みんなそれで良いよね。なんて疑問形ではなく断定的に言い張り、反論が出ないように笑顔で静かな圧力を加える。

他の使用人さん達の残された選択肢は静かに首を縦に振る他ない。

結局、みんな佐々木部が怖いから反発できないんだよ。

誰か私を助けてくれと心の中で悲痛な叫びを上げ目で訴える者が此処にいたとしても

全員、知らないふりをしてそっぽを向く。

人の命と己の命を天秤にかけたとして、どちらが重いかと問われれば無論、己の命だ。

所詮、人間そんなもんさ。

みんな自分の命が可愛いんだよ。賢明な判断だ先輩方。

誰も意見する者はいない。

佐々木部の機嫌が悪くない内に穏便に仕事の割り振りを済ませようと先輩方は考えてるんだろうが。

甘い。生クリームと練乳を一緒に食べるくらい甘い。

私は我が命に代えても此処は反発する。

それだけ私にとって幹部の衣類を洗濯する、いや洗濯室は大事なのだ。


これからは皆、私の事は勇気あるAKY(あえて空気読まないの略)と呼んでくれ。












「あんな馬鹿でかい所一人でやったら過労死します。それに私には洗濯室と言う名のマイホームが存在するんで。」



「若いから大丈夫よ。洗濯室の仕事はレベッカがやるから何も問題ないわ。」











第一の爆弾、不発。

先輩方は目をこれでもかと見開いて私を見ている。



・・・・・・レベッカって誰だよ。

あん?と挑発的なやっさんのような強面の表情に変えてレベッカと言う如何にもありきたりな外人の名前の人は何処かとを見渡せば

レベッカらしき人が人当り良さそうな笑顔で私にヒラヒラと自分の存在を主張するように手を振っていた。


負けた。色んな意味で。

彼女の存在自体が私を惨めだと思い知らしてくる。

出るとこ出て、引っ込むとこ引っ込んでる。顔も整ってるし何よりいい人オーラが滲み出ている。

要するに容姿端麗。

見た瞬間、私は怒涛の二度見を盛大にかましてしまった。

その私を見て、私を指差し腹を抱えて笑う佐々木部。

てめ―、覚えてやがれ佐々木部。(本日二回目)

そんな佐々木部の態度に腹を立てた私は、佐々木部の後ろで止めろと必死でジェスチャーしてる他の先輩にも目もくれず大きな爆弾を投下する。











「そうですね。先輩も結構なお歳ですから若い私が働かないと。」










どか―ん。

第二弾、着火。

佐々木部の眉がピクリと動く。










「先輩、歳幾つでしたっけ?45でした?」



「お前、そこから動くなよ。」



「やっだなあ先輩。冗談じゃないですか。」










予想以上に怖い。怖い。


体の周りにほわんほわんとお花が飛んでいそんな先輩のオーラは一気に変豹しどす黒く禍々しいオーラに変わる。

口元が笑っていても目元が笑っていないと言う神業を付き。

怖いったらありゃしない。

その神業な笑顔を見た瞬間、私の背中は冷や汗でダラダラ。

流石、一筋縄ではいかない使用人をまとめる頂点。

伊達の人間じゃないって事だ。


平常心で取りあえず私も笑顔を取り繕い、目の前で冗談だと手をブンブン振った。

それと共に心の中で白旗もブンブン。


・・・・・・先輩の前で歳ネタを出すのはタブーだ。

どれくらい危険かと言えば

ニューハーフの人が化粧を落とした顔よりも危険だ。

見た目は二十代後半だが、実年齢四十代だとか、整形美人だとか色々な根も葉もない噂を聞く。

まぁ、噂は噂。どれが事実だなんて分かりやしないが。


綺麗な物には棘がある。これ以上佐々木部先輩にぴったりな言葉はない。










「じゃあ。よ ろ し くね。」









佐々木部先輩は、言葉に威圧感を乗せて指をひらひらっとさせて優雅に使用人控室をでていかなすった。

出て行ったのを目で追った後、100円立てと佐々木部の圧力でもの凄い脱力感を感じで足の力が抜けへちゃがりこむ。









「ま、頑張れ。」



「佐々木部さんにあんな口をきけるアンタは使用人の誇りだわ。」









へちゃがりこんでいる私の肩を叩いてくる。


やるね。なんて嫌味のない笑顔で言ってくる先輩や同情してくる先輩方が色々と。

皆してそんな憐れんだ目で見るんだったら端から助けてくれよ。


絶対に佐々木部に反発しないと心に誓った今日この頃。



















(あぁ―。憂鬱過ぎて如何しよう。)














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