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□買われる人
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「こっちだ。ついて来い。」
 首輪から垂れる鎖を引っ張られ、少年はつんのめった。
 しかし、その勢いのまま彼は、青年の腕に力一杯噛みついた。
「あぁあ!ドジェル様!」
 ジュルは、腰にしている棍棒で、幼い少年の体を殴りつけた。
「役立たずのくせに!離れろ!くずが!!」
 青年は、どうでもいいような目でジュルを見ると、彼の後頭部を強く殴りつけ、その場に倒れさせた。
 それらを見ていた〈買う人〉たちは、悲鳴を上げ、蜂の巣をつついた騒ぎだ。
 少年は、呆然として、口を離した。
 なんだ、コイツ。
 すると、地面がぐりんと回転し、揺れ始める。
「な、なにすんだ!離せよう!!」
 いつの間にか、青年の肩に担がれているのだ。
 分厚い外套が柔らかい。
 最初こそ暴れていたが、少年は、大人しくしていようかと思った。
 初めて感じる人の手が、あまりにも温かかったからだ。


──
───
──


 巨大な庭に、美しき池。
 古き和の国の御殿をかたどったドジェル家は、それはそれは美しかった。
「カラ。それがお前の名だ。」
 正座を教えられ、高級な料理の食べ方を教えられた。
 口調こそきついが、優しく、壊れ物を扱うように…。
 どういうことだ?
 少年もとい、カラには、その生活が不思議でならなかった。
 〈買われる人〉は、みんな酷い運命なんじゃ無いのか?
「カラ。お前は、おれと同じだ。この家の子なんだ。」
「意味分かんねえっ…で、す。」
 青年もとい、ドジェル・シンは、腕を組み、背を縁側の柱に預け、雨の庭を眺めている。
 その少し後ろで、小さく座ったカラが、この世のものとは思えぬ、髪を下ろし、浴衣を着た、美しき男の横顔に、疑いの眼差しを向けていた。
「おれとは、普通に話せ。敬いの心なんて、持つんじゃ、ない。」
「なん、で…?」
 ここに来て、カラの中の常識は、ひっくり返り続けた。
 今まで、彼の心にあったのは、〈買う人〉たちに対する怒りだけだった。
 しかし、シンをはじめとする、ドジェル家の人々に分け隔てなく優しく接されて、彼の心には、何もなくなってしまったのだ。
「お兄さん…。なんで?僕は、〈買う人〉なんて大っ嫌いなんだよ?僕…。」
「同じ〈人〉だろ?」
 心臓が、少年の小さな胸の中でビクンッと跳ねた。
 同じ?僕と…〈買う人〉が…同じ?
「ふざけんなあぁあ!!」
 カラは、懐に入れておいた短剣を握りしめ、憎い男向かって突進した。
 しかし、皮肉にも…いや、当然のように、シンは振り向きもせず、ひらりと避けると、痩せすぎている少年の体をひょいと持ち上げ、短剣を奪い捨て、少年の体をその場に置いた。
「本気でおれを殺ろうとしたのか?…天変地異が起きても不可能だ。あきらめろ。」
 カラは俯き、唇を噛み締めた。
 悔しかった。
 人の命を簡単に壊すようなイキモノと、その支配下で健気に生きる自分達を、同じ〈人〉だなんて…。
「ぼ…僕はお前を殺そうとした。いけないことだ!!そうでしょ…!?……殺せよ。これだから下衆のイキモノはって言って殺してくれよ!!なぁ…。」
 少年は、真っ直ぐな瞳でシンを見つめた。
 すると、今まで見向きもしなかった青年が、ようやくこちらを振り向いた。
「…何故?…何故、お前を殺すのだ?お前は、死にたいのか?だから、おれを殺した罪で、自分も死のうとしたのか?」
「違うっ!!」
「アマノクニに、死んだ兄弟でも待っているのか?それは違う。罪を償わずに死んだ魂は、チノロウに入れられる。すなわち、お前は、アマノクニには行かれない。」
「おれは…、〈買われる人〉だ…!!」
「知ってる。」
「じゃあ、なんで優しくすんだよぉ!!」
 青年は、カラの目の前にしゃがみ、その頬をつたう雫を拭き取りながら、静かに低音で話しかけた。
「同じ…人だからだ。」
 
 
 
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