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□Web拍手 2010,1,13〜
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 その日は雨だった。
 人々が憂鬱な顔をして行き交うなか、森永裕香(モリナガユカ)はコッソリと心を踊らせていた。
 茶髪の髪をツインテールにし、第一昌字中のセーラー服をキチッと着こなし、ヒッソリと笑みを浮かべる彼女は、実に可愛らしく、怪しかった。
 その笑みの理由は、決して、彼氏の大会が無くなって側にいられる、なんて乙女らしいものでは無いだろう。
「あっれ〜?森永サン?」
 ふと声がかかって、後ろを振り向くと、去年も今年も同じクラスの女の子、高山思羅(タカヤマシラ)が、ニコニコと言う言葉にぴったりの無邪気な笑顔をふりまいていた。
「高山さん。おはよう。何かあったの?そんなにニコニコして…。」
「んん〜?それはねぇ。」
 突然思羅が、傘を投げ捨てて、ギュッと裕香に抱きついた。 あまりに突然な事だったので、裕香は、あほうのように口をぽかんと開けていた。
「わたしが、森永サンのことだぁい好きだからだよ!」
 暫くして、冷静さを取り戻した裕香は、困ったように笑いながら、
(朝っぱらからレズ発言ですか…。)
 心の中で呟いた。
───────────
 自分は、決して化け物などではない。
 しかし普通の人とは違うのだ。
 遠い昔卑弥呼とか、そんなんがいたような頃。人々の村に<鹿の民>と呼ばれる異民が迷いこんだ。
 彼等は、我々人間よりも遥かに思考能力が乏しかった。しかし、その一方で、彼等の身体能力は、我々人間がどうあがいたって足元すら届かないようなものだった。 人々は恐れた。突如現れた、自分らにそっくりの異民は、いつか反乱を起こすんじゃないかと。
 しかし、ある時一人の男が<鹿の民>の弱点を見つけだした。
 ─雨の日に、火矢で射よ─
 山で暮らすはずの彼等にとって、日の出ない雨の日と、木々を燃やしてしまう火は、大の弱点だ。
 その男の名は、モリノタンノサタネマロ。
 わたし、森永裕香のご先祖さまだ。
───────────
(尊敬はしてるけど、実際半分はどうでもいいかな。)
 遠い遠い昔話だし、本当かどうかも証拠は無い。
(でも、やっぱり雨は好き。なんだか、空に勝利を祝われている気分。)
「あたし、雨嫌いだな〜…。」
 ふと、ある人物が自分にまとわりついていることを、思い出した。
 裕香と正反対の気持ちを口に出したのは、その人物、思羅だった。
「だってねぇ、制服濡れちゃうし、太陽は出ないし、走れないでしょ?ホラ、ヤなことばっか。」
 思羅は、柔らかな唇をキュッと尖らした。
 思羅は陸上部。…の女子エース。走れなくて悲しいのは当たり前かもしれない。
「でも、昨日知ったよ。雨の日もいいことあるって。」
「なにそれ。」
 思わず聞き返した自分に、心の中で苦笑していると、思羅ががばっと顔を上げた。
「あのねっ!!雨の日だけ森永さんに会えること!!」
「は…?」
 裕香が、盛大にクエスチョンマークをとばしていても、思羅は構わず続けた。
「森永さん大好きッ!友達だよ?」
(友達…?)
 突然、じんっと胸が熱くなった。
(考えたことなかった…。)
「た、高山さんっ!いい加減にしてよっ。みんな見てる!!」
 街行く人の目が気になるのも事実。しかしもっと気になるものがあることも事実。
「だぁい丈夫!学校すぐそこだもん。」
 本当に自信ありげな思羅の顔を見て、裕香は少し笑った。
「雨の日は、もっと楽しいことがあるわ…。」
「えぇ〜?なになに?」
「例えば…。」
──鬱陶しいけどイイヤツなんだよねぇ──


fin
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