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□嵐の夜、山の小屋にて
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「失礼する。旅の者だが、道に迷ってしまった。一晩だけ、泊めてほしいのだが…。」
 男は、優しい声音で問掛けるように言った。
 しかし、返事がない。
 あまり広くない小屋の壁が、冷たい視線を投げ掛けている。ただ、それだけ。
 しかし、部屋の中央で、頼りなくも頼らなければならない、ろうそくの灯が揺れている。
 男がおかしいなと、首を捻っていると、部屋の向側、ついたての奥で、シャッシャッと布擦れの音がした。
 男はもう一度声をかけた。
「道に迷ってしまった者だが、一晩だけ、泊めていただけないか。」
 男の声が、すっと消えると、ついたての奥から、一人の女が顔を出した。
 真っ白な肌に、白い着物。細面の顔と切長の目は、ふと狐を思わせた。歳の頃は十七位の、とにかく美しい娘だった。
 男はその美しさに惹かれかけたが、はっとして首を振ると、口を開いた。
「驚かせてしまってすまない。しかし、どうにも寒くてたまらんのだ。」
 娘はカッと目を見開き、男を凝視していたが、しばらくの沈黙の後、小さくて丸い唇を、開いた。
「…どうぞ。小汚い家ですが、お泊まりになってくださいまし…。」
 娘の言葉を聞くなり、男は内心、いよいよ首を捻った。
 おかしいのだ。こんな山奥に、娘が一人、ナニモナイ山小屋で暮らしていることが。
(さて、狐か、鬼ババか…。)
 男は濡れた蓑笠を壁にかけると、ろうそく一本だけの部屋に足を踏み入れた。

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