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□だんたい
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「き、き、きり…、キムチ!」
「今キリンって言おうとしたでしょ!」
「言ってないよー。ほら、チだよチ!」
「ん〜…チぃ?…ちからこぶ!」
「あはっ!なにそれ!」
 今日も雨が降っている。それも、結構激しい。
 校庭の砂が雨にうたれて、どろどろと流れてゆく。校庭が沼地のようだ。それくらいに、雨がひどい。
 明日も体育はつぶれるかな。そろそろ走りたいんだけど。
「麗奈ぁ!あんた最近ぼおっとしすぎ!!」
「…へっ?なに?」
「はぁあ?どんだけボケてんのさ。ほら、ブだよブ」
 そうだね。あたし、三人でしりとりしてたんだっけ。
 懐かしいな、しりとり。いつ振りかなと思い返してみると、なんだ、最後にやったのは、ほんの二カ月前じゃないか。しかも同じメンバーで。
「…ぶどう?」
「うあ〜、ベタ。麗奈らしいね」
「えぇ?そうかな」
 葉香美が箸にハンバーグをぶっさしてケタケタと笑う。
 今日は、彼女の短い後れ毛の一房がぴょんっとはねている。湿気の多い日はいつもそうだ。葉香美のくるくるした短い髪は湿気の量に比例して、ぴょこぴょこ好き放題にはねる。
 それがかわいいと言うと、決まって彼女は口を尖らせるのだ。まるで大きな妹みたいに。
「う、うし!」
「ブッブー!牛さっき出たじゃん」
「えっ、そだっけ」
「ホラ、う、なんていくらでもあるよ?」
「あっ、馬!」
「明兎、また動物?てか、なんでうさぎって言わなかったの。あんたの名前にあるでしょうが」
「あ、あぁ〜!」
「あぁ〜じゃないよ。全くかわいいなぁもう。ま…まり!麗奈!りだよりぃい!」
 今日は雨。明日もきっと雨。次は曇りで、その次はきっと晴れ。晴れ、晴れ、晴れが続いて、また曇るかもしれない。
 不規則的だけど、バランスはとれてるんだ、多分。そう考えると、まぁ、なんて機械的。
「…利益」
「え、なんだって?」
「だから利益!」
「あぁ、ハイハイ。明兎!」
「んと、き、またキか…。きつつき」
 このしりとりにも必ず終わりが来るもので、いくら延長戦に持ち越そうとも、明日になれば、過去に答えた単語も忘れてるだろうし、中学生の名詞のボキャブラリーなんてたかがしれてる。
 それなのに、時折、ふと思い出したように始まるこの幼稚な言葉遊びを、わたしは案外気に入ってる。何故かと問われれば、これといった答えは思いつかないが、それでもわたしは、幼稚で、いたってシンプルで簡単なこの言葉遊びが大好きだ。
「麗奈、なんか今日あんまり喋んないね。どうかした?」
「えぇ〜!このコいつもこんな感じだよ。特に、ゴハン中は静かだし。ね!麗奈」
「うん。ごめんね明兎、心配かけて」
「う、うん」
 陽天気な葉香美と、おしとやかで女の子らしい明兎。そして、口数の少ないあたし。
 釣り合ってるのかと聞かれたら、あたしは、多分釣り合ってるかもと答えるだろう。葉香美はもちろんと答えるかもしれないし、明兎はよくわかんないかなって答えるかもしれない。
 感じ方は人それぞれなのだから、否定したり不満を持ったりなんてしない。
 あたしと明兎が初めて言葉を交えたのはおよそ一年半前の話だし、葉香美とはまだ3ヶ月しか経ってない。それも「あ、よろしくね」「こちらこそ」なんて程度。会話と言うより社交辞令。
 そんな、会って数ヶ月しか経ってないあたしたちが、何故こんなにも仲良くいられるのかって言えば、学校という限られた空間の中で見つけた、数少ない気の合うヤツだったからだ。多分それだけ。
 それでも、やっぱりあたしは、この二人と出逢えてよかったと思う。この学校で―――このクラスで過ごす、残りの八ヶ月は、クラスのみんな、そしてこの三人で、たくさんの思い出をつくってやろうと思う。
「あ、あれ、亜煌ちゃんじゃない?」
 ふと、箸をとめた明兎があたしの背後を見やる。
 つられるようにして振り返れば、クラスメートの水野さんがひとりで給食を食べていた。
 ひとりといっても、ハブられてるとかじゃない。ぱっと見、男の子か女の子か分からない、格別格好いい彼女がひとりで食べてても、寂しそうには見えない。むしろ絵になる。
 でも、そんなの第三者の目線だ。意外と本人、寂しかったりして。
「亜煌ちゃん、結構ひとりでいるよね。寂しくないのかな」
「あ、同じコト考えてた」
「ミートゥー!」
 いつものように陽気に笑ってから、キラキラした目で葉香美が言った。
「ね。水野ちゃんも誘わない?これからは一緒に食べようってさ!」
 なるほど、これからは四人一緒だね。楽しくなりそう。賛成!
 って言う前に、葉香美がガタガタと立ち上がり、
「みぃずのちゃん!こっち来て一緒に食べようよ。ちなみに拒否権はないっ!」
 なんて、大声で叫ぶもんだから、クラス中で笑いがこぼれた。「相里声デケェよ」なんてケラケラ笑う男子とか、「はーみん可愛い」って微笑む女子とか。はーみんって言うのは葉香美の愛称。
 そして、言われた水野さん本人は、スッと目を細めて笑った。やっぱりこの子は格好いい。
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
 ちょっと眉を上げて、テノールが囁いた。そこらの男子より全然格好よくて、紳士っぽい。
「水野ちゃん水野ちゃん!これからはあたし、亜煌って呼ぶから!ちなみに…」
「拒否権はないんでしょ?」
 水野さんと葉香美が笑う。この二人は、似ても似つかない正反対な二人だけど、その分だけ気が合うのだろう。
 水野さんが机を移動してきたため、ちょっと明兎の方に寄ると、明兎にぐいっと腕を引っ張られた。びっくりして明兎を振り向こうとする前に、耳に無声音が囁かれた。
「麗奈。葉香美変じゃない?」
 普段おっとりしてて、どこかぬけてる明兎から、こんな声が出るとは思わなかった。それほどまでにその声は、疑いと怪しみと、ほんの少しの嫌悪感が含まれていた。
「そ、うかな。いつも通りだと思うけど」
 とりあえず、差し支えないように曖昧に返事をして、なにともなしに彼女の顔を盗み見て、ぞっとした。
 そこに、嫌悪感だとか、蔑みとかがあからさまに現れていたのなら、まだここまで恐ろしくは思わなかっただろうに。
 虚ろなのだ。
 綺麗な漆黒の瞳は、まるで大きな古い木に開いた洞のように、あるいは、冷たく滑らかな、それでいて輝きをもたない金属の塊のように、寒々とした虚ろだった。
 仲良さげな二人を前にして、何故、穏やかで優しい少女がこんな表情をするのか、何が何だかさっぱりわけがわからないけれど、ぞっと鳥肌が立って、背中を冷たい何かがすうっと降りていくのを感じた。
「明兎?」
 聞こえるかわからない位の声で囁くと、明兎が二、三度まばたきをした。どうやら耳には入ったらしいので、返事を待たずに続ける。
「どうしたの。明兎なんか変だよ」
 わたしが口を閉じると、明兎はゆっくりとまばたきをして、ちょっとだけ、その形の整った眉をあげて
「変じゃないよ」
 と、答えた。
 人より少し高めの、可愛らしいその声は、今日やけに冷たく感じた。



















後書き

御一読ありがとうございます!!
書いた本人もこの話がどこに行くのかよく分かりません。
でも、ハッピーエンド目指していけたらいいなと思っています。
いつものごとく、急ぎ足過ぎますね…。ですが、リハビリ作品として書いてるので、多目にみてやってください。

ありがとうございました。
今後もよろしくお願いいたします。

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