basket

□夜の森の天狗
1ページ/24ページ


   一,<天狗破リノ儀>

「ねぇ、山ノ麓ノ婆様。今の悲鳴は何ですの?」
 古くからそこにあるタチカラ村。
 今年、八つの歳を向かえる子らを、小さな土壁の家に呼んで、山ノ麓ノ婆様は一年に一度訪れる<天狗破リノ儀>について語り始めた。
「…あの叫びは、天狗に食われた者の叫びだ…。お前たちは明日…、山にわけ入り、天狗に食われぬように、ただひたすら走りさ迷う儀式、<天狗破リノ儀>を行ってもらう。」
 身を乗り出して話を聞いていた村の女の子たちは、蒼白な顔をして後ろにあとずさった。
「婆様…。あたいら、しんでしまいます!」
「そうでございます!あたいら、女なのです!」
 一人に続き、女の子達は口々に婆様とこの儀式にたいする批判の声をあげ始めた。
 一瞬、ろうそくでゆらゆら照らされている婆様のしわくちゃな顔が、盛大に歪められて、次の瞬間、家中に、
「静まれぃ──!!」
 と、老人とは思えない鋭い声が響いた。
「この儀式はね、大古の昔から、この地に住まう者が行ってきた儀式なのじゃ。お前達の、母さんも父さんも通ってきた、大切な通過儀式なのじゃ。」
 声を震わせている彼女を、子らは呆然と見つめている。
「消えた魂も少なくはない。危険な儀式だが、生き残ってこそ強い者なのだ。それ以下の、弱い者はこの村にいらぬ!」
 婆様は一旦言葉を切って深呼吸し、のそのそと一枚の木の板を、部屋の隅からとった。
「分かったかい…?…まぁいい。名簿をとる。…メトコ!!」
 「はい」と、一番端にいる女の子が手をあげた。
「…スイリ!!メシ!!ハラ!!」
 五、六、七…。と、女の子たちが手をあげて行き、最後に、
「…タヘイ!!」
 部屋の隅で、静かに座っていた、唯一の少年の名が呼ばれた。
「…以上。八名。明日の山に入りけり。村の者、彼等の魂を祈らん。山のモノ、自らの生を祈らん。」
 婆様は、木の板をろうそくに押し当てた。すっと火が乗り移り、八人の名を刻んだ木の板は、煙と灰に変わった。
「明日の朝、<昇りの刻>にもう一度ここに来なさい。皆同時にここを出る。しかし、共に行動してはならない。別行動じゃ。では、今宵は、よく眠っておきなさい。」
 言うなり婆様は、皆を追い出すように、家に帰した。


,
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ