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□嵐の夜、山の小屋にて
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桶の水をひっくり返したような、秋の、寒い嵐。
その中を、一人の男が足早にかけて行く。
男は、山向こうの町の市場からの帰りだった。
女房子供に心配かけらんねぇと、宿をとらずに夜中の山道をひたすらに歩いているのだ。
しかし、急ぐ彼への侮りか、雨風は次第に強くなっていき、木の葉をビョウビョウ踊らせている。
「めぇったな…。」
男は呟いて、笠を少し持ち上げ、空を見上げた。
頭上には、黒くうごめく蛇のような雲が、雷を孕んで流れている。
夜の山は、神の寝ぐら。神を 怒らせたかと、男は少しばかり後悔した。
知らずの内に、足が重くなる。
早く帰って、子供らの顔が見たかった。明るい女房の微笑みが見たかった。
「…お?」
男は思わず足をとめた。
こんな山奥に一軒の山小屋が立っていたからだ。
しかも、灯りがついていて、闇夜の中、温もり恋しい男を誘っている。
男は一瞬だけ躊躇った。
村までまだまだある。夜通し歩くか、山小屋で少し休ませて貰うか。
しかし、夜通し歩いて力尽きては元も子も無い。
彼はその一瞬の後、山小屋に向かった。