防衛少女723ちゃん

□あこがれの人
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あたしの夢は可愛らしいお嫁さん。
看護士さん、CA、婦警さん、学校の先生やOL、それから、それから……
素敵な職業はたくさんあるし色々やってみたいけど……
でもやっぱりあたしの夢は可愛らしいお嫁さん。

・・・・・・・・



今日もあたしは朝からキッチンに立っている。
お気に入りのエプロンを身につけ、コンロの上に置かれたフライパンにベーコンを並べる。
フライパンに並べたベーコンの油が跳ねる音がする。
随分昔から変わる事の無い光景……朝の一仕事……
でも今はちょっとだけ…ううん、ハッキリ昔と変わった事がある…それは……

「夏美」
「は〜い、なあに?あなた」
リビングからあたしを呼ぶ声が聞こえる。
その呼びかけに笑顔で答えるあたし…
そう、あたし結婚したの。
聞こえてくるのはあたしの旦那様の声…低くて甘い、あたしをすべて包み込むような素敵な響き……
何時だったか桃華ちゃんの家で開かれた舞踏会、あの時からずっと憧れていた『あこがれの人』の声…

「洗濯物は干し終わりましたよ」
「ありがとう、それじゃ今度は食器を並べてくれる?今、朝御飯出来るから」
「ではすぐ並べましょう」
頼んでいた洗濯物を干し終わったとの声にあたしは続けてテーブルの準備も頼むことにした。
快い返事と共に食器を並べる音が聞こえてきた、あたしは幸せをかみしめながら笑顔で頷いた。

子供の頃からずっと変わらない朝食の準備だけどフライパンの中で跳ねる油の音さえ楽しげな音楽に聞こえてくる。
大好きな人と一緒に居るだけですべてが幸福感に包まれるの……あたし、今とっても幸せよ。

「夏美」
「きゃっ」
彼の腕が優しくあたしの肩を抱きしめてきた。
「…もう、油が跳ねたら危ないじゃない」
一応文句を言うが甘えた声があたしの気持ちをバラしている。
彼もそんなこと百も承知で耳元に顔を近づけるとその甘い声で囁いた。
「愛してる」
胸がドキドキして顔が赤くなっていくのが分かる。
あたしはコンロの火を止めると振り返り、彼の胸へと身を寄せた。
「…あたしも大好きよ、愛してるわ…ギロロ」
そう言って顔を上げるあたしの目の前に地球人スーツを着たギロロの顔が近づいてきた……



「!!!」
あたしはベッドの上で飛び起きた。
「ゆ、夢?夢だったんだ……」
あたしはまだ自室のベッドにいた。
「素敵な夢だったけど……どうしてギロロなの?」
「確かに声や口調はあの人だったのに……でもそういえばギロロも同じ声だった気がする……」
未だ鮮明な状態で記憶に残る夢の出来事に夏美はしばらくの間ベッドの上で体を起こしたまま首を傾げていた。



学校に行く準備を済ませた夏美はリビングの窓を開けると庭先でいつも通り武器を磨くギロロに声をかけた。
「ギロロ」
「夏美か、いつもながら早いな……茶でも入れてやろう」
リビングの夏美に気付いたギロロは磨いていた銃を置くと自分の横に置かれているブロックに夏美を誘った。
『いつも聞きなれている筈のギロロの声……』
『改めて聞くと確かに低くて甘くていい感じかも……』
夏美はブロックに腰を掛けるとギロロから紅茶の入ったマグカップを受け取った。
『…でもどうしてあの人と同じ感じの声なのかしら?』
そう考えたところでギロロとあの舞踏会で出会った金髪の人と結びつく筈もない。
『きっとギロロの声として聴きなれているから夢でもギロロになっちゃったんだわ……』
単に似た声なのだろうと夏美は自分を納得させた。

「どうしたんだ?夏美」
おそらく何かを考え込むような難しい顔をしていたのだろう、ギロロが心配そうな顔をして夏美の顔を覗き込んでいる。
「ううん、なんでもない」
夏美は慌てて手を左右に振ると思い出したようにパワードスーツのお礼を言った。
「それはそうとこの前はパワードスーツありがとう」
「早速使ったらしいな」
「うん」
当然の事だがギロロは夏美がすでにパワードスーツを使用した事を知っている。
頷く夏美にギロロはこれから気をつけろと忠告した。
「せいぜい気をつけるんだな、これから噂を聞いてお前の許に多くの宇宙人が戦いを挑んでくるだろうしな」
そういうとギロロは夏美から顔を逸らした。
よく見ると溜息を吐いているようにも見える。
「でもあんたは助けてくれないんでしょ?」
「あ、ああ……」
少しだけ悲しげな夏美の声にギロロは横を向いたまま小さく頷いた。
ギロロの様子が何かとても悲しげに見えた夏美はわざと明るくふるまった。
「そっか……でも、うん、大丈夫よ、あんたがくれたパワードスーツがあるから」
「…そうか」
ギロロは相変わらず横を向いたままだが夏美の言葉にほんの僅かだけ口元を緩ませていた。
「じゃ、学校行ってくるね」
「ああ、気をつけていけよ」
「うん!」
ブロックから腰を上げると夏美は学校へと出かけていった。



ここは夏美の通う吉祥学園。
お昼休み、夏美と共に昼食をとっていたさつきとやよいはこの前の公開録音の時
夏美が舞踏会で出会った男の人と再会した事を聞いて一気に盛り上がって行った。
「え〜っ、舞踏会の人に再会した?」
「う、うん」
夏美は恥ずかしそうに顔を真っ赤にすると小さく頷いた。
「凄いじゃない夏美…で、お話とかできたの?」
「ちょ、ちょっとだけね」
「名前は?名前は?」
「え?えっ……えっと…」
「まさか聞き忘れたとか?」
「……う、うん」
確かに夏美はまだ名前を聞いていない。
さつき達は顔を見合わせると大げさに嘆いた。
「あちゃ〜」
「なによそれ、夏美らしくもない」
「だってぇ〜」
二人のいう事は尤もである、夏美は机に肘をつきながら頭を抱え込んだ。
そんな夏美にさつきとやよいはまだまだチャンスはあると励ました。
「まあいいわ、次の時に聞けばいいんだし」
「次って……」
「大丈夫だって、再会できたんならまたきっと会えるわよ…だって夏美の事覚えてくれていたんでしょ?」
「う、うん…まあ」
「いいこと?夏美、今度会った時はしっかりと名前を聞くのよ」
「できれば連絡先もね」
「そうそう」
「う、うん」
一生懸命励ましてくれる友人達の姿に夏美も少しだけ気を取り直した。
『そうだ、きっと名前も知らないから夢でも同じ声のギロロが現れるんだわ…名前を知る事が出来れば夢の中でもあえるかも』
「さつき、やよい、あたし頑張ってみるね」
夏美は笑顔で頷くとガッツポーズを見せた。
「そうそうその意気よ、夏美」
「頑張ってね、夏美」
「うん!」
エールを送る友人達の前、次に逢った時こそ名前を聞くのだと夏美は自分自身に言い聞かせていた。



その頃、日向家の庭先…
「なあギロロ先輩」
自分の名を呼ぶ声に気付いたギロロが振り返ると珍しくラボから出たクルルが立っていた。
「何だ?クルルか」
「あんたはあれで満足なのかい?」
「何の事だ?」
問いかけに首を傾げるギロロにクルルは地球代表になった日向夏美を何故本来の姿で助けないのかについて聞いているのだと答えた。
「日向夏美の事さ、どうせ助けるなら『ボクラハミンナイキテイルガン』なんかで地球人に変身しなくても…」
「ケロン体の……そのままの自分で助けた方が気持ちを伝えやすいんじゃないかと思ってね」
ギロロは磨いていた銃を膝に乗せると周りに人影がいない事を確認した。
「お前も今どんな時か知っているだろ?ケロン人の俺が直接夏美を助ける事が出来ない位……」
小声で話をするギロロにクルルも僅かにズレたメガネを直すとギロロの横には並ぼうとせず背中越しに会話を続けた。
「まあね……だからあんたは今回の為、俺に日向夏美様パワードスーツを改良させ…」
「その上で自分は『ボクラハミンナイキテイルガン』で地球人化し、正体を隠した……」
「…そうだ」
「おまけにあんた、チッケタ星人に生体エネルギーを吸われた日向夏美に自分のエネルギーを分け与えただろ?」
「…分かっていたか」
実はチッケタ星人に生体エネルギーを摂られ立つこともおぼつかない夏美が完全復帰したのは地球人の姿をしたギロロが夏美を助けた時
ギロロのエネルギーをパワードスーツ経由で分け与えていた為なのだ。
「俺の目は節穴じゃねえ…あんたが何をしようが俺の知ったこっちゃねえ……だが一つだけ忠告しておくぜえ」
「『ボクラハミンナイキテイルガン』はある意味欠陥品だ、効果時間も不安定だが使用を繰り返した場合の人体に対する悪影響も十分考えられる…」
「下手すりゃあんた死ぬことになるぜぇ、それでもいいのかよ」
クルルは自ら開発した『ボクラハミンナイキテイルガン』が欠陥品であり、使用し続けた際の危険性をギロロに告げたが
ギロロは僅かに笑い声をあげると後悔はしないと言い切った。
「…夏美はまだ子供だ、アイツには無限に広がる未来がある」
「俺はあいつの未来を……夢をかなえてやりたいんだよ」
「くっくっ……『ビューティフルサマー・ラブリードリーム・カムヒア』か…俺は日向夏美があんたの想いに気付くとは思わねえけどな」
クルルはギロロが新しいパワードスーツに用意した装着パスワードを思い出すと皮肉たっぷりに笑い声をあげた。
「……それならばそれでもいいさ」
「ま、時々健康チェックにラボまで来な……研究材料にしてやるよ、く〜くっくっくっ」
「すまんな、クルル」
嫌味な笑い声をあげながらリビングへと戻るクルルをブロックから立ち上がったギロロは敬礼で見送った。
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