きみがいなければ

□橙の部屋
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ぼんやりとした西日が古い部屋に差し込んで
ジリジリと音を立てているかのように感じる夏の終わり。
換気で開け放した窓からは緩やかな風が吹き込む。

全寮制並盛高校、第3寮棟の寮長室はオレンジ色に染まっていた。


「よろしく」

そういって差し出された手を、六道骸は些か驚いた面持ちで握り返した。

「よろしく・・・お願いします」

繋がった手を見ると、沢田綱吉は満足気に微笑む。
意外な反応であった。

「ねえ、六道くんの荷物ってこれだけなの・・・?」

綱吉の視線の先には小さなダンボール箱とスーツケースがひとつ。

「ええ、これだけあれば充分です」
「そうなんだ。じゃあ手伝うほどもないかな・・・」
「大丈夫です」

骸が荷解きを始めても、綱吉はその背中、テキパキとした手先を
見つめたまま、部屋の真ん中に立っていた。

「どうしました?寮長」
「え!?あ、ごめん・・・」

慌てて自分のデスクに戻って勉強に取りかかろうとするも、意識が
骸に向いているのは確かで、骸は彼に背を向けたまま口角を小さく上げた。

ものの30分程度ですっかり片付けた骸に、綱吉は改めて向き直る。

「今までオレの一人部屋だったから、昨日慌てて片付けたんだけど
なにか足りないものとかなかったかな?」

部屋は正方形で中央に本棚が仕切り代わりに据えられているものの、
壁などはなく左右対称に家具が設置されている。
綱吉は奥の窓に面した方を使っていたようで、なるほど言われて見れば
半分より奥は雑多なままであった。

「特には」

極めて短く答えて中央の共有ソファに腰掛けた骸に続くように、綱吉も
隣に体を埋めた。

「あのさ、オレのことは寮長じゃなくて名前でいいよ!オレもその・・・」

綱吉は少しはにかんだように俯いて、

「骸、って呼んでいい?」

骸、と小さく繰り返す。

「・・・・・・構いませんよ、綱吉くん」

さり気なく答えながら、骸は胸が高鳴るのを自覚していた。


『骸、骸!』


あの日の声が胸の奥でこだまする。
眉根を顰めて胸の傷みをやり過ごす骸の表情を、綱吉は気付かない。

「授業は明日から出るの?昨日イタリアから着いたんだよね、疲れてない?」

好奇心旺盛な大きな榛色の瞳が真っ直ぐ自分に向けられている。
骸は擽ったくなって、少し身動ぎした後目を細めて微笑んだ。

「明日から君のクラスメイトです。疲れは少し・・・でも大丈夫」

すると、綱吉は柔らかそうな丸い頬をうっすらと染めてつられた様に笑った。

そう、以前の綱吉もそうだった。
骸が優しく目を細めて微笑めば、嬉しそうに口元を綻ばせていた。
その笑顔があまりにまぶしくて、目を逸らそうと思うのに、逸らせない。
不思議な魅力が綱吉にはあるのだ。

「なんだか、不思議。骸とは初めて会った気がしないんだ・・・」

綱吉は心底不思議そうに首を傾げている。

「・・・幼い頃はこのあたりに住んでいました。君がもしこの辺出身なら
もしくはどこかで会っていたかもしれませんね」

またふぅ、と目を細めた骸を見、綱吉はう〜んと唸って

「そうなのかなあ・・・」

小さく呟いた。





「お、寮長。特権のひとり部屋残念だったな!」

夕食時を迎え、骸は綱吉に誘われるまま食堂に来ていた。

「え?ううん、オレそもそも寮長なんて押し付けられたようなものだし、
正直気味悪かったから助かったよ」
「相変わらず情けないやつ」

テーブルの向かいで、綱吉は友人らしき人物と会話を弾ませている。

「でね、彼が六道骸くん。明日からクラスメイトだよ」
「ああ、イタリアからの帰国子女って噂の・・・」

今更気付いた振りで、彼は骸を見た。

「よろしく」

視線がぶつかって、骸は薄い唇を少しだけ持ち上げて笑い、挨拶をする。

「あ、ああ・・・よろしく」

彼は辛うじてそれだけ残し、そそくさとその場を後にした。

「え?一緒に食べてかないんだ」

綱吉は驚いたようにその後姿を目で追っている。

「誰かと約束でもしてるとか?」
「ああ、そうかな」
「・・・いつも彼と食事を?」
「いや、その時によるけど・・・多いかな」

そうですか、と小さく呟いて骸は遠く去っていく彼の姿を射抜いていた。




部屋に再び戻れば、綱吉は満腹感も手伝ってか眠そうにソファで揺れている。
登校の準備をしていた骸が振り向くと、とろんとした瞳とぶつかる。

「シャワー浴びて、寝たほうがいいかと・・・」

見兼ねて声をかければ、綱吉は頬を僅かに膨らませていやいや、と首を振った。

「だめ・・・骸疲れてるんだし、先入ってきて!」

ふにゃ、とだらしなく笑って見せる綱吉に骸は破顔する。

「僕はまだ準備が間に合っていないので、先に入ってくれた方が気が楽なんですが」

ね?と覗きこむと、綱吉は納得し切れない様子ではあったが頷いた。

「じゃあ、お先に・・・すぐ出るからね!」
「・・・ごゆっくり」

んーとかあーとか小さく呟きながら、綱吉がバスルームに消えた。
その姿を確認すると、骸は部屋を抜け出す。

さっきの男。

鉄は熱いうちに打て。


夜の闇に、赤と青の光が吸い込まれていく。




戻ってきたからには、誰にも渡さない。




―――――




「あれ・・・?骸?」

バスルームから顔を出して見たが、骸の姿が見当たらない。
バスルームは部屋の入り口脇に配置されており、顔を出すと綱吉のスペースは見渡せるが
骸のスペースは若干死角になる。
寝てしまったのではないかと、体半分をそろそろと出して様子を見ていたところに突然、
背後のドアが開いた。

「わっ!」
「おや」

慌てて引っ込みながらドア越しに見れば、骸が驚いた顔で立っている。
手には2本のココア。
自動販売機に行っていたようだ。

「ごめん!返事なかったから寝ちゃったのかと思って・・・」

ごそごそジャージに着替えながら半裸で立っていた理由を弁明する。

「すみません、寝る前に飲みたくなって」
「このココア、2寮棟じゃないとないやつだ!迷わなかった?あ、食堂でのあいつ
2寮なんだよ。会わなかった?」
「迷ってたどり着いたのがたまたまそこでした。彼にですか?会いませんでしたね」
「そっかあ、自動販売機くらい案内したらよかったね」
「いえ、帰りに見つけましたから」


骸はココアをひとつ、綱吉に差し出す。

「わ、いいの?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとう!」

湯上りの綱吉の髪はしっとりと水気を含んだままで、缶のココアの色とよく似ていた。

「じゃあ僕もシャワー浴びてきます」
「うん、いってらっしゃい」



ぱしゃぱしゃの水の跳ねる音が聞こえる。
綱吉はずっと一人部屋だったために、自分じゃない人の生活音を聞くのが久しぶりで
なんだか嬉しかった。
並盛は生まれ育った町だったし、実家も近いのだが、親が仕事の都合で海外に行く事になり
日本を離れたくなかった綱吉は全寮制へ進むことを選んだ。
もちろん親は反対した。
ひとりにすることよりも、彼の過去のことで不安要素があったから。

「あがりました」

ふと物思いに耽っていると骸がバスルームから出てきて、ソファに埋まる綱吉とその前に
置かれたローテーブルの2本のココアを見た。

「まだ飲んでなかったのですか?」
「ん。一緒に飲もうって思って」

ふにゃ、と笑った綱吉に、骸は目を細める。

「乾杯」

コツンと小さな音を立てて、缶のココアで乾杯をした。
とろりとした甘さが喉を伝って、やがて胃を満たしていく。
隣の骸からも甘い香りがして、なんだか胸が熱くなった。

「あれ?」

不意に、ソファに座る骸の向こう側のベッドを見れば、マットレスがむき出しだった。

「ブランケットとか、持って来てないの?」

骸を覗きこむと、さも当たり前のように

「必要ないです」
「ええ?必要ない事ないよ、だって今はいいけど・・・もうすぐ寒くなるよ?」

心底心配になって用務室で借りようと説得するも、誰が使ったかもわからないものは
とてもじゃないが無理だと首を振る。

「よし、じゃあオレなら大丈夫?」
「はい?」
「オレの貸す!」
「いくつもあるんですか?」
「ない!」

ふん、と鼻息を荒くするものの、ベッドをみれば夏でもそうだったであろう羽毛布団が。

「それじゃあ君が・・・」
「オレは体温高いし背も低いからバスタオルでいける!」
「そういう問題では・・・」

いよいよ困った骸が、遠慮がちに綱吉を見た。

「もし、嫌でなければ・・・」
「ん?」
「一緒に寝ても?」
「え?」

思わぬ提案に、綱吉は唯でさえ大きな瞳をさらに見開いた。

「ええええええ!?」
「・・・・・・迷惑、ですよね」

寂しそうに瞳を伏せる骸に、綱吉はぶんぶんと首を振る。

「違う!そういうんじゃなくて、だって、骸背ぇ高いし狭いんじゃないかと・・・」
「そうですよね・・・」

小さく微笑むと、骸はココアの空き缶を片付けに席を立った。
洗面所で歯を磨く音がする。
綱吉は生まれて初めてくらいの動悸を感じていた。

(男同士なんだし、別に変なことじゃないのはわかってるんだけど・・・)

今日、初めて会った時から彼に感じる不思議な感覚が。
綱吉を落ち着かなくさせる。

パタン、と静かにドアが閉まる音がして姿を現した骸がおやすみなさい、と囁いた。

「む、骸!あの、こっち・・・」
「はい?」
「歯磨いてくるから、先寝てて!」
「え・・・」

熱くなった頬を隠すように、綱吉は洗面所に駆け込んだ。






綱吉の香り。
青空のような、柔らかな香り。
歯磨きの音を聞きながら、懐かしさに眩暈がした。

やがて戻ってきた綱吉を布団をめくって迎える。

「お先に失礼してます」
「う、うん」

そろり、と横に並ぶと、セミダブルのベッドは少し軋んだ音を立てた。

「おやすみなさい・・・」
「うん、おやすみ・・・」

かあ、と赤くなった頬を隠すように丸まると、骸の肩に額が当たった。
あ、と思って離れようとするも、何故だか体が動かない。

(オレ、変だ・・・)

余程疲れていたのか、当の骸は割合すぐに静かな寝息を立て始めた。
そろり、と目だけで表情を見れば、穏やかな表情で眠っている。
月明かりで流れる黒髪が青く輝いていて、日本人離れした顔立ちのせいか影も深く落ちている。
長い睫毛の下に、あの宝石のような色違いの瞳が隠れているのかと思うと、不思議だった。

ああ、まただ。

懐かしい気持ち。




「オレたち、会った事あるの・・・?」





小さく呟いた。

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