治らない病

□治らない病
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その少年はいつも深く沈んだ面持ちでただじっとそこに在った。

「沢田くん、よろしく頼むよ」

ぽん、と背中を押されて驚く間もなく押し込められたのは消毒の香り漂う真っ白な病室。

個室のためそんなに広くもなく、ベッドから遠い空を見上げていた彼が
すぐにこちらに顔を向けた。

「沢田先生?」

珍しい色違いの瞳をすう、と細めて声をかけてくれる。
先生と呼ばれるにはまだ新米過ぎて照れくさく、研修医に毛が生えた
程度のクランケもないひよっこ医師である沢田綱吉は、へへ、と笑った。

「おはよう、六道くん。えと、検温と交換だよ」

慌てて駆け寄った綱吉は「六道骸」と書かれた問診表と彼とを交互に見る。
体温計を差し出すと、彼は素直にそれを受け取った。
その間に綱吉はわたわたと点滴やらガーゼやらを交換し、既に体温計を
手に持っていた彼からそれを預かると椅子に腰を下ろした。

「んー、今日も体温低いねえ。どこかおかしいところはある?」

そう言って覗きこむと、彼はまた目を細めて一回胸に手を宛がった。

「胸、どうかしたの?」

少し慌てたように身を乗り出した綱吉に骸はふるふると首を振って否定した。

「どこも、なんともありませんよ」

俯いたままの彼を暫く見つめていた綱吉だったが、骸がそれ以上何も
話さないとわかれば、もう訊く事はしなかった。

「それにしても、看護師さんじゃなくて先生がこんなことまでするんですね。
あんまりドジだからって舐められてるんじゃありませんか?」
「ん?」

確かに、全くないわけじゃないけれど大概は看護師がすることではある。

「だって、きみが受け付けないんだろ?」
「・・・・・・」

15歳にしては大人びた容貌で、日本人離れしたスタイルの彼は看護師たちの
アイドルと化していたそうだが、彼が彼女たちを頑なに拒んだのだという。
普通この年の男なら照れこそすれ内心嬉しいはずだが、彼は本気で拒否した。
綺麗な顔に張り付いた怒りの表情は余程恐ろしかったと見え、新米医師である
綱吉に回ってきたと言うのが現状だった。

噂を聞いて最初こそ怯えていたが、意外にも彼は口こそ時々悪いし態度も
素っ気無いけれど、綱吉の言う事には従った。
担当医も手を焼いていた彼に、綱吉は便利に思えたのだろう。
まるで専任でもあるかのように、事ある毎に借り出されていた。






「診察拒否どころか、手術拒否?」

ある日遅めのランチをとっていると、骸の担当医が隣に腰掛けて話しだした。
彼の病気は手術さえすれば、快方に向かう。
それなのに来月予定していた手術を、彼は突如受けたくないと言い出したという。
その為か、診察の時間には失踪を繰り返して関係者を悩ませていた。

「沢田くんなら、何か聞いてるかと思ったんだけどなあ・・・」

何も聞いてはいなかった。
ただ、ここ最近は顕著に意気消沈しているようには見えた。

「説得、きみからも頼むよ」

残されたその言葉に、綱吉は思い返す。
彼はおそらく手術が怖いだとかそんな理由で拒みはしないだろう。
なにかしらの理由があるに違いなかった。

それから、顔を合わせるたびにそれとなく手術を勧めてみたものの、うまいこと
はぐらかされ続けていた。
拒否する理由などもっての外。
自分にはある程度心を開いてくれていると思っていただけに、何だかショックだった。



「沢田先生!六道さん見ませんでした?」

勉強会が終わって、盛大に欠伸をしながら歩いていると看護師に呼び止められた。

「え?いいえ・・・知りませんけど、またボイコット?」
「そうなんです・・・どこ行ったんでしょう・・・」

看護師は綱吉からヒントが得られないとわかると、また駆け出して行った。

心当たり、か。

念のため考えを巡らせて見ると、いつも空を熱心に見上げている彼が浮かんだ。
もしかして・・・


綱吉は足早にある場所を目指した。

この病院で一番空に近い、屋上へ。


屋上へは患者は立ち入ることができない。
硬く施錠されているし、続いている階段も注意書きとチェーンとで封鎖されている。
綱吉は鍵が開いていないことを願いながら、ノブに手をかけた。



カチャリ。



「・・・開いてる」

薄く開けて覗くと、青い空とコンクリート、そして高いフェンスが見えただけだった。

「沢田先生、よくわかりましたね」
「わっ!?」

不意に逆からドアを引かれて、意識に反して屋上へと踏み込んでしまう。

「六道くん、戻ろう?」

手を取って自分より背の高い彼を見上げると、視線が絡み合った。

「イヤです」


手は振り解かれ、彼はそのままフェンスに向かって歩いていく。


無理矢理連れて行くのは、どうしたって無理だ。
綱吉は観念して、彼の背を追った。

「何か、理由があるならさ・・・気が向いたら教えて欲しいな」
「・・・」

彼はフェンスに凭れ掛かると、おもむろに口を開いた。


「先生。僕、別の病気なんですよ」

自嘲気味に呟いた言葉はあまりに予想外で、綱吉は目を見開く。

「ああ、勘違いしないでください。病気って言ってもココの・・・」

骸はそう言いながら自分の胸に手を当てた。

「心?」
「そうです、心が・・・ヒリヒリするんです。火傷したみたいに」

火傷・・・?

「で、でもそれならさ、尚更外に出たほうがいいかもしれないよ?きみみたいな若い子が
こんなところに長い事いたら、そうなってもおかしくないかも・・・」
「違います」

骸は色違いの瞳を、真っ直ぐと綱吉に向ける。

「この病気は、ここを出てしまったら・・・悪化するに決まってる」
「悪化・・・?」

骸の意図することが飲み込めず、眉根を顰める。

「でも・・・オレ、心配だよ、やっぱり。悩みがあるなら何でも話して?聞く位しかできないけど・・・」

ゆっくり彼に近づいて、彼の肩をそっと叩いた。
その途端。



「じゃあ、治してください。ココの病気」

景色が反転し、フェンスが背中に食い込んだ。

「え!?」

突然のことに混乱している綱吉の直ぐ前に、骸の整った顔が切なげに歪められていた。

「あなたにしか、治せない」


治せないんだ・・・


そう囁く彼の言葉とともに、唇が塞がれた。


そういう、ことだったんだ。


何のとりえもなく、医者になれたことすら奇跡に近い自分を何故か受け入れてくれた彼。
憎まれ口を利きながらも、必ず最後は従ってくれた、理由も。
不思議だったことの答えは、そういうことだったんだ。



唇を話した彼は、少しバツが悪そうに目を伏せ長い睫毛を震わせた。


だけどね、それがわかれば答えは簡単。


「いいよ、治してあげる」



今度は綱吉から唇を奪う。
俄かに骸の頬が上気した。




「この先は、きみの命が繋がってから、ね?」




すべてはその先の未来で。




たくさん愛し合おう。

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