小説(長編)

□側にいてF【丹羽編】
1ページ/5ページ

あれから数日。
特に何も進展はなかった。

ただ、気が気じゃないのは啓太のこと。
また何者かに襲われないよう、俺はなるべくアイツが1人にならないよう、近くにいるようにしていた。

けど、ヒデに止められた。

俺への嫌がらせで啓太が狙われたのだから、お前のやっていることは弱効果だと…

じゃあ、どうしろって言うんだ!?

啓太も、何もしなくて良いなんて言うし。

何か合ってからじゃ、遅ぇんだよ…!



俺は、毎日放課後になると生徒会室で啓太の安否を確認する。
そんなこんなが一週間過ぎた頃、2人の態度が些か冷ややかになってきた。



「王様、俺何かあったらちゃんと隠さず言いますよ?それじゃダメですか?」
「忘れたい過去をわざわざ蒸し返すのもどうかと思わないのか?お前は…」


2人とも絶対おかしい!

あんなことあって、許されるわけねぇんだ!
許しちゃいけねぇんだ!

なんで、そんなドライになれる?!
俺には理解できねぇ…


「ちょっと外出てくる」
「…」
「王様!」

バタンッ


俺は生徒会室を抜け出した。



「どうしよう…中嶋さん」
「放っておけ」
「俺、そんなに信用ないかな…?」
「気にするな。ただ心配なだけだ」
「…」

啓太は、悲しそうな顔をうつ向かせていた。

◇◇◇

“ちょっと”なんて言って、結局俺は生徒会室に戻らなかった。

どうせ重い空気にさせちまうだけだし。

今一つ気分が乗らねぇ。

ここ1週間、ずっとこうだった。
何も解決策がないままダラダラ過ぎていくのが、性に合わない。

安心材料が欲しい。

俺は啓太みたいに、なんでも許せるって程お人好しじゃない。

どうしても、許せない…。



トントン

遠慮がちに部屋の扉がノックされた。

開けてみると、そこには啓太が1人で立っていた。
俺はつい周りを確認してしまう。

「お前っ、1人で来たのか?早く中に入れ!」

俺は急いで啓太の腕を引いて部屋に強引に引き入れた。

バタンッ、と勢いに扉が音を立てる。

「なんで1人なんだよ!?ヒデは!?」
「…」

返答がない。
よく見ると啓太の体は小刻みに震えていた。

「啓太…?」
「…。王様は、俺をどうしたいんですか…?」
「え…」

らしからぬ低いトーンの声に、俺はドキリとする。
啓太の心情に気づく。

「何なんですか、毎日毎日…。犯人が分かるまで、俺を部屋に閉じ込めておきますか?!そしたら満足ですか!?」
「…!」

珍しく啓太が怒っている。
目に涙を浮かべながら…
俺に詰めよって来る。

「だったら!そうすればいいじゃないですか!!俺ずっと部屋に籠ってますよ!誰にも会わず!!なんなら、王様が安心出来るように、ここに居ましょうか!?あなたの気が済むまで!ずっとここに!!」
「っ、」

初めて聞くようなその大声に、全身がビリビリした。

「俺は女子ですか!?1歳児か2歳児の子供ですか!?冗談じゃないですよ!もう、いい加減にして下さい!!!」

啓太の怒りがダイレクトに伝わってくる。
俺は、返す言葉に詰まる。




なんで…

なんで、こうなる…

俺は、ただただ……



グイッ

「!」

俺は啓太を静かに抱き寄せた。



お前のそんな顔…
みたくない………………



「心配しちゃ悪いのかよ…」
「!」

俺は小さく囁く。

「気を失ってる憐れもない姿のお前を見つけた時の、俺とヒデの気持ちが分かるかよ…」
「!」

また思い出しては怒りが込み上げてくる。
抱き締めた腕に自然と力が入る。

「許せるわけないだろ!しかも俺への当て付けなんだろ?!お前をあんな目に合わせたヤツを、俺は絶対に許さねぇ!!」
「…」
「未然に防げなかった後悔だけが、ずっとずっっとへばりついていて離れねぇ。また同じことが起きたらって、考えただけで気がおかしくなる!俺は、お前みたいに寛大にはなれない…」
「…」

啓太は何も言わず、されるがままにされている。
硬直しているだけとも言えるかもしれねぇけど。

「本気でお前を閉じ込めておきたい気持ちもあるよ。けど、そんなの無理なことだって分かってる。過保護だってのも分かってる。分かってるよ!けど…………、俺の気持ちもわかれよ!!!」
「っ…」

啓太の体がビク付くのがわかった。
更に体を硬直させていく。

「心配なんだよ…。大事にしたいんだよ。傷つけたくないんだよ…!わかれよ…」


らしくなく、弱くなっている。
大切にしたい相手に、罵倒されて…凹まないわけがない。

けど…

手段がわからない。


俺はただひたすら、この小さな体を強く抱き締めることしか出来なかった。



「ごめ…んなさい…」

啓太の声が震える。

「…」
「ごめんなさい。俺、言い過ぎました…。俺はただ、王様と話がしたくて…ここに来たのに。こんなひどいこと、言いたかったわけじゃ、ないのに…」

涙声で啓太は答える。



別に否定はしなくていい。

それがきっと、
コイツの本心に違いはないハズだから…

日頃から迷惑そうにしていたのも事実だ。
ヒデにも止められたんだから間違いない。

俺が、制御出来ていないだけ………




「っ、わかっています。王様が、俺のこと心配してくれていることは…。本当は、ありがとうって言わなくちゃいけないのに、俺…」
「…迷惑と思ってる癖に、ありがとうなんて言葉を口にするな…」
「っ!!」


っ、違う…
やめろ。

そんなこと言いたいんじゃない…


言いたいんじゃない、のに…




俺のコイツを守りたい気持ちは単なるエゴだ。
きっと…コイツの意見を尊重して、一歩引いて見守っているヒデが正しい。


どうしてかな…
なんか俺、いつもコイツを困らせてる気がする…

気づくと、泣かせている…

ホントは笑顔が見たいのに……



「悪かったよ…。自分の気持ちばかり押し付けて…」
「王様…」
「控えるよ。気を付けるよ。我慢するよ………自信はねぇけど」
「っ、」


俺はきっと意地になっていた。
言わなくていい本心までが口から漏れる。

俺はそっと抱き締めていた腕を解いた。

啓太の瞳には大粒の涙が流れていた。

俺はまたギクリとする。



それと同時に、自虐的に笑えてくる。

「泣き虫だなぁ、お前。違うか…俺のせいか」

俺は指でぬぐってやる。

けれど、涙は次から次へと溢れてくる。

………


「もう行け。ここにいても、良いことない。ヒデの所に行って慰めて貰えば良い」


本気でそう思った。
俺の偽りのない言葉だった。
けど、何故か俺はまた啓太を怒らせた。



「ばかぁ…」
「!」
「王様のばかぁ!」
「…」




俺は携帯を手に取り、ヒデに電話を入れる。


『なんだ?』

それはすぐに繋がった。

「今すぐ俺の部屋に来て」
『?』

それだけ言うと、強制的に電源を切る。

俺は啓太の体を押しやった。

「今ヒデが来る。行け」
「っ、まだ話は終わってないです…!」
「…何もねぇよ」

ガチャ

「丹羽、一体なん…」

ヒデが俺の部屋の扉を開けたのと同時に、俺は啓太を外に追い出した。

「頼んだ」
「!」
「王様!」

ガチャン…

理由も話さず、俺はヒデに啓太を押し付けて鍵をした。


結局、側にいようがいまいが、お前を悲しませていることに変わりねぇじゃねぇか…。


俺だって、泣きてぇよ…。

◇◇◇

次の日…



………らしくなかった。
と、思う。


頭冷やそうと思ったから、突き返したのに、余計にひどくなった。

あとでヒデからのお小言もくると思ってたのに、それすらなかった。


はぁ、会いたくねぇ…




あのあと、アイツらどうなったかな…

聞きたいような聞きたくねぇような。

どっちにしても授業に出ればヒデとは顔を合わせることになる。
グダグダ考えているよりはマシか……


俺はヒデに電話をかけた。


「あー…はよ。昨日は悪かったな。あのあとどうだった?」
『…最悪だった』
「そっか…」
『今からそっちに行く』
「あぁ…わかった」


電話を切って、ヒデはすぐに俺の部屋に来てくれた。

◇◇◇

「啓太は、自虐的になってひたすら泣いていた。お前に酷いことを言ったと、そればかり気にしていた。あと途中で帰されたこと、怒っていたぞ?」
「…」
「…お前らしくなかったな」
「…」

話を聞いて、そんな事の情景が簡単に想像ついた。
人を責めるより、まずは自分を責める
ようなヤツだ。

確かに、俺も少し意地にはなっていた。
怒らせるつもりも泣かせるつもりも毛頭なかったのに…
何故かアイツはいつも俺の前だと悲しそうな顔を見せる。
そのことに、嫌気が差したのも事実。

ヒデの前と俺の前とでは、アイツの顔付きは全然違う。

そりゃそうか…
啓太はヒデのことが好きなんだし…

だから余計に、無意識に言い方が少し皮肉っぽかったのかもしれない…

自分でもわかった。
これ以上居てもろくなことないって。
だからこそ、距離を置きたかった。
余計に傷つける前に…
離れたかった………

それが、あんな追い出し方になっちまった。

今更後悔したってもう遅い…


「仕方ねぇよ。考え方が違うんだ。言い争っていてもしょうがねぇ。どちらかが折れるしかねぇ」
「逃げただけだろう?」
「…。あぁ、そうかもな。お前に丸投げしただけだ」

俺は顔を床に垂れ下げた。
小さく呟くようにヒデに問う。

「なぁ、ヒデ。なんでお前はそんなに落ち着いていられる?もうアレは過去の出来事か?」
「そんなわけないだろ」
「ホントに向こうの出方待ってるだけなのか?良いのか?それで…」
「…」

ヒデはしばらく何かを考えているようだったが、少し間をおいてから、ゆっくりと話出した。

「まだ確信がなかったから、2人には言わないでおいたが…」
「?」
「実はもうすでに手は打ってある」

「は…?」

俺は垂れ下げていた頭を再び持ち上げた。
ヒデを食い入るように見る。

「なに!?」
「送られてきたメール先に脅しをかけてある」
「!なんて…?」
「『今回のことは目をつむっておいてやる。こっちはお前らの情報も証拠写真も手に入っている。次に何かあった時は、告訴する。お前らのやったことは立派な性犯罪だ』」
「犯人わかってんのかよ!?」

俺は更にヒデに詰め寄る。

「いや。カマをかけてみただけだ。だが、あれ以来何もしてこないってことは、多少効き目はあったんだろう」

………

「そっか…」

犯人が掴めたのかと期待していただけにガックリきた。
ヒデの言う通り…それで落ち着いているのであれば、効果はあったのだろう。
俺としては、複雑な思いだ。

「啓太も深追いは望んでいないようだしな。何事もなければ、この件はそれでおしまいだ」

おしまい…

こんな中途半端で…!?


「お前はそれで納得できるのか?」

俺は鋭い視線でヒデを見る。

「…。仮に犯人が分かったとして、そしたら、お前はどうする?」

ヒデは俺に問いかける。
俺は即答した。

「ぶん殴って、啓太に謝らせる!」
「本当にそれで気が晴れると思うか?」
「何もないよりはいい!」

俺は言い放った。
だが、ヒデは少し呆れ顔だ。

「それは”お前が“だろ?アイツはそうは思っていない」
「…」
「あの事件の前の状態に戻してやることが、啓太にとっては一番幸せなんだ。わかるな?」
「…」

ヒデの言ってることは多分正しい。
でもだからって“ハイそうですね”で終わることはできない。
俺は自分の気持ちを押さえることができない。

「だから感傷し過ぎることを、アイツは嫌う。過保護も、突き放すのも、アイツを傷つける。……大事にしたいんだろう?前にも言ったが、お前のやっていることは逆効果なんだ」
「っ、」

ヒデのひと言ひと言が胸に突き刺さる。

思い当たることが、多すぎる…



「少しずつ直して行けばいいんじゃないか?」
「…」

そう、簡単に言うなよ…

そう言いたかったけど、言ってもしょうがないからやめておいた。

「…ヒデ。啓太に謝っておいて…」
「自分で言え」
「無理…合わせる顔がねぇ…」

俺は再び首をうなだれた。
ヒデはそんな俺を見て小さく溜め息をつく。

「話を聞いてやればいいじゃないか。まだまだお前に言いたいことあったみたいだぞ?」
「…」



『っ、まだ話は終わってないです…!』
『…何もねぇよ』



啓太の声が今も耳に残る。

あぁ、そうだ。
俺が、遮った…
無理矢理…………


「わかった…」

ヒデはいつでも俺の道標みたいだ。
変な意地張らず、もっと素直にコイツの言葉に聞き耳立てていれば、もっと簡単に解決出来ていたかもしんねぇのにな…



今更気づいても遅いけど…



「ありがとな、ヒデ」
「今回ので貸し1つな」
「なんでだよ…?」
「当たり前だ。どれだけ泣かれたと思ってる。押し付けられた代償だ」

ヒデもやっぱり啓太の涙には弱いのか、相当今回のは参ったとみえる。

「ホント、すんません…」
「体で返せ」
「いやムリ」

恐らく本気であろうその要望。

俺は即答で返した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ