小説(長編)

□側にいてE【中嶋編】
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啓太が何者かに拉致された。
挑発するように生徒会室のパソコンに送られてきた1通のメール。

『親愛なる生徒会長様。今から宝探しでもしませんか?宝はこの学園のどこかに隠されています。どこの誰よりも早く見つけてあげて下さいね』

そこに添付されてきた写真は、まさに今、辱しめに合わされている最中とも見て取れる啓太の哀れもない姿が映っていた。

両手を拘束され、目隠しをされたその姿に、俺は言葉を失った。

事前に丹羽への嫌がらせとして、啓太との恋愛を仄めかすメールが届いていたこともあり、充分注意はしていたつもりだ。
だが、少し過信していた。
丹羽がターゲットなら、何かあっても自分で対処するだろうから問題ない、…と。

だが相手は啓太に手を出してきた。
それも一番汚いやり方で。
それがただの口脅しではなく、真実であると知った時、ひどくショックを受けた。

守れなかった屈辱と、まだ犯人すらわかってもいないもどかしさに、苛立ちが募る。


その後丹羽と探しだし救出出来たが、犯人の姿は等になく、気を失った啓太の姿だけが空き教室の床に転がっていた。

俺も丹羽も、憤りは隠せない。
絶対に犯人を見つけて復讐してやる。

とりあえずは啓太を1人にさせてもおけず、俺は寮の部屋へ連れてきた。

張り物を触るような扱いは望んでいないだろうから、俺は当たり障りない距離で接していくつもりだった…。

しかし…



『さっきは大丈夫って言いましたけど…。俺…心は重症なんです…。慰めて下さい…』



そんなこと言われて、突き放すことは出来なかった。
コイツが俺に想いを寄せているのが分かっている分、尚更………




俺は抱いてやった。

それで少しでも、コイツの気持ちが晴れるのなら…

それも良いだろうと………。





今、啓太は俺のベッドの上で安らかな寝息を立てている。
当初に比べたら、随分と穏やかな顔付きになった。

俺と体を合わせて満足したのだろう。

そして、わかったこともある。
啓太は最後までは犯されていなかった。

体に痕はなく、体内にも痕跡は何もない状態だった。
きっと、ホントに写真を撮ることだけが目的だったんだろう。

ま、丹羽を怒らせるには充分だったが…。

「…」



それは、俺もおなじことか…

しかし、
この感情はなんなんだ…?

いつにもなくイライラが治まらない。

コイツには散々好きだと言われ続け、興味ないと邪険にしてきた。
生徒会から追い出したこともあった。
それなのに……

こいつが赤の他人に手を出されたと知った途端、ひどく腹立たしかった。
お気に入りのおもちゃを盗られた気分か?
いや、違うな。

コイツの気持ちに同情したか…。

一途で、真っ直ぐな心をもっている人間だということは、俺が一番良くわかっている。

それを傷つけられた屈辱…。



いや…それよりも…………


未然に防げなかった己自身、にか………。



嫌がらせの発端はきっと、部に予算を回して貰えなかった事への当て付けか何かだろう。

丹羽への仕返しを考えているうちに、当時生徒会に連れ戻そうとやたらと付きまとっていた啓太を着目した。
相手としては、丹羽と啓太は恋仲だと思っていたらしいからな。
当たってはいないが、無自覚にも丹羽は啓太に想いを寄せている。
遠からず近からず、それでも完全な弱みを握られた。

さぞや丹羽の奴も怒り狂っていることだろう。

暴走しなくればいいが…



だが今日はもう遅い。

明日対策を練ることにしよう…。


俺は側で眠る啓太の頭をそっと撫でてやる。


「…」

複雑な心境にまたモヤモヤが募っていく。
この気持ちはなんなんだ?


散々ひどいことを言っていた相手に…


俺は…
何を、今更……………………



◇◇◇

朝、俺は連絡をとって丹羽の部屋で合流した。

放課後まで待っていたら、また何されるかわかったもんじゃないからな。

「啓太の様子はどうだ?」
「まだ寝てる。まぁ、落ち着いてはいる」
「クソッ、一体どこのどいつだ!」
「きっとまた仕掛けてくる。その前に未然に対処しておきたいところだが…。お前は何か心当たりないのか?」
「ねぇよ。あればお前に言ってるし、すでにそいつボッコボコにしてるぜ」

……

確かに。
考えるより即実行型のコイツのことだ。
何もしてないってことはそういうことだろう。

「お前、怒りに負けて暴走するなよ?」
「…無理だな。ぜってぇ許さねえ!」
「…」

ハァ……

俺は盛大なため息をついた。
余計な事件が増えることが目に見えてきたな…。

コイツが手を出す前に、俺が手を打っておいた方が迅速に済みそうだ。

だが、啓太を守りながらの行動は難儀だ。

さて、どうしたものか……


「メールのアドレスから犯人割り出せねぇかな?」
「0ではないが、解析に時間かが掛かり過ぎるだろうな。ブロックすることは出来るが、犯人の手がかりがなくなる。適当に泳がせておいた方がまだ可能性はあるな」
「監視カメラがあればなぁ」
「これから付けるにしても校舎内では無理だろうな」
「盗聴器は?」
「どこに仕掛けるつもりだ?貴様、まさか啓太を囮に使うとか考えてないだろうな?」

思っていたのか、丹羽の動きが止まる。

「っ、例えばだよ!もしまたそいつらが絡んできて、音源が取れてれば充分な証拠になるじゃねぇか!」
「ふざけるな!貴様アイツがどれだけ恐怖心を植え付けられたと思ってる!!そもそも貴様が啓太をつけ回してたから目をつけられたんだろうが!」

丹羽は悔しそうに顔を歪ませた。

「それ言うなら、追い出したりしたお前が悪いんだろう!」
「っ、お前が最初から真面目に仕事をしていれば良かっただけだろ!」
「元はと言えばな!お前と啓太が…!!っ、生徒会室で……、やったりしてんのがわりぃんだろうが…」
「…」

また思い出して恥ずかしくなったのか、語尾が言いにくそうに小さくなっていく。



はぁ…。

やめだ。

言い争っていても仕方がない。

俺はひと息つく。

丹羽にも伝わったのか、大声を上げるのをやめた。

「けど、実際どうすんだよ?啓太をどこかに閉じ込めてでもしておかなきゃ、またいつ連れて行かれるかもわからないんだぜ?」
「わかってる!だから今お前と話をしている!」

もう、あんなこと、2度もあってたまるか…

なんとしても、守ってあげなくてはいけない…

そのためには………


どうすれば…


「俺達だけじゃ無理なんじゃないか?」
「!」
「学年も違う。ずっと見守っていてあげるなんて不可能だ」
「…」
「遠藤は?啓太と仲良いアイツなら協力してくれるし。理事長なら…。ネットワーク関係にも何か知っているかも知れねぇだろ?」
「バラすのか?今までの経緯を?」
「多少の犠牲は仕方ねぇ。それに、俺は、この学園にそんなクズがいるってことをアイツにも知っておいて貰いてぇ!」

コイツの言いたいこともわからなくはないんだが……

「お前は犯人探しに囚われ過ぎている。啓太の気持ちも考えろ!」
「なら!」

再び熱がこもってきたところで、丹羽が確信を得る。

「啓太も含めて相談すべきだ」



「……同感だ」


俺達は、啓太のいる俺の部屋へ…
再集結することにした。

◇◇◇

「すぅ…」

啓太はまだ夢の中だった。
俺のベッドの上で幸せそうに寝息を立てている。


「ぅ…なんか…生々しいっていうか…。ヒデ、昨日はここで2人で寝たのか?てめ、啓太に手出してねぇだろうな?」
「……」
「出したのかよ?!」

起こさないようにと、小声で話していた丹羽だったが、内容が内容だけに、声が段々と大きくなっていく。

「コイツの意思に乗ってやっただけだ。怪我の具合とかも確かめたかったしな」
「とか言って、本当は無理やり…」
「するかバカ。こいつの顔を見てみろ、そんな風に見えるか?」
「……」
「特に外傷はなかった。犯された形跡もない。ホントにただ写真を撮るのが目的だったみたいだな」
「…………そっか」

丹羽はそれ以上俺を咎めなかった。
それどころか…

「ヒデ、サンキュー」
「何がだ?」
「俺ならきっと、どうして良いのかわからなかったわ。…啓太は、本当にお前が好きなんだな」
「なんだ急に」
「付き合っちゃえばいいのに…」
「……」


本命が隣にいるのに、こんな話を平気でしている俺はおかしいかもしれない。

“付き合っちゃえばいいのに”か…

遠回しに『俺のことは諦めろ』と言われている気分だった。



俺達の関係はどうかしている…

普段から目の前に好きな奴がいるのに…
手を出すのを躊躇って、当たり障りのない毎日を過ごしている。
表面上はそれでいいとコイツと決めた。
だが、裏を返せばどうなる??

こんな有り様が現実だ。

お互いの気持ちを知ってて、境界線を越えないようにしたり、平気で乗り越えたりを繰り返している。

それを…

共用しようとしている。


なんて愚かな話しか…。


「怒らないのか?」
「何が?」
「コイツに手を出したことだ」
「合意だったんだろ?なら、俺が口を挟むことじゃない。それに、お前の言う通り。啓太、なんだか幸せそうだ。あんなことが合ったっていうのに。それは…お前が側にいてくれたからなんだろ?」


………

ただの気まぐれだ。
同情の何ものでもない。

俺が求めているものは、もっと別のもの……



「俺が好きなのはお前だ」

「ん…。それは…まだよくわかんねぇ。でも、お前がそう言うんなら、そうなんだろ」
「…」

俺は身を乗り出した。
すぐそこにある丹羽の唇にキスをする。

「!」
「…」
「おま…。ホント…変なヤツ…」

丹羽は心底呆れた顔をしつつも、拒んだりはしなかった。
啓太が起きないことをいいことに、俺はもう1度キスを試みる。

「っ、」
「ン…」

…………

それでも丹羽は拒まなかった。

「何故、拒まない?」
「わかんねぇ。お前が…俺のこと、冗談じゃないって、わかったからかも…」
「……」

少しずつ受け入れられている事実に戸惑っている自分がいる。
ホントなら、もっと境界線を超えてみたいけど、今ここには啓太がいる。

今日のところは、お預けだな…

「気が変わらないうちに全部貰っておきたいものだな」
「いや〜、俺にはまだハードルが高いわぁ」


丹羽は笑ってはぐらかす。
だが、逃げはしない。

「お前次第かもな。ヒデ」
「…」




『ヒデ。俺はもう逃げない。だから、お前も逃げるな』

『俺にもわかるように伝えろ。俺も、努力するから……』




いつぞやのコイツのセリフが脳裏をかすめて行く。

少しは、努力してきたつもりだ。

だが……

案外、大きくお互いに変わってきているかもしれない。

言いたいことが包み隠さず言えるこの現状に、

俺は、満足感を得始めているのを感じた。
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