ショート2
□質。
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「ね、シカマル聞いて!」
オマエが言う。
唐突に現れ、目を輝かせて。
「いま私ね、生きる質って、生きてる間に起こる全てのイベントを、どれだけ深く味わえるかで決まると思ったの」
……。
「つまりね、しあわせって楽しむことなの…」
「あー、ほい、ちょっと待て」
そこで、サッと。
オレはアイツの口に左手を当てた。
「めんどくさくなりそーだから…じゃねぇ、長くなりそーだから、報告書(コレ)出しちまってから聞く」
そしてそう言い、右手に持った紙切れをコイツの目の前でひらひらさせる。
任務が終わったら、報告書の提出は迅速に。
っつう、五代目からの達しがあったばかりで。
任務明けの疲れた頭に鞭打ち書類を片付け、提出に向かう所だったからだ。
「了解か?」
問えばこくりと頷くアイツ。
それなのに。
「じゃ、歩きながら話す。あのね、私たち忍びっていつ死んでもおかしくないじゃない?」
「…あー、まぁ、そりゃあな」
「だから私怖かったの。シカマルが、いつ私の前から消えてもおかしくない。勿論、自分が死んで消えるってことも、いつ起きてもおかしくない。そう思うたび不安で落ち着かなかったの」
…はぁ。
こりゃ駄目だとオレは諦めた。
付き合ってやっか。
コイツ、馬鹿だからな。
思い付いたコトは、その場で言わせてやらねーと忘れちまう。
「で、その不安がなんで『しあわせは楽しむことだ』に行き着くんだよ?」
歩き出しながら、オレは空を見上げた。
あー、いい星空だな。
明日もいい天気になりそうだ。
「だって不安を抱えながら毎日過ごすより、楽しんだ方がいいじゃない。でね、たくさん楽しめたらしあわせになって生きる質が上がる。そう思ったの」
「そいつはすげぇな」
ンな当たり前の事に、今さら気づく事がすげぇ。
ってか、気づいてる事に気づいてなかっただけだろ?
「でしょ?」
だが。
オレの心の声にゃ気づかず、オマエは得意気にニッと笑う。
「でね、楽しむコツは、毎日・毎時・毎分・毎秒に起こるイベント全てを、その時々の自分に可能な最大範囲でまっすぐ受け止め、まっすぐ参加し、その結果をまっすぐ受け入れるってことなの」
真面目な顔でアイツは話し続けた。
「そうすると毎日・毎時・毎分・毎秒が濃くなって生きる質が上がるの。そしてね、質が上がるとやたら楽しいことが増えて…あまり怖くなくなるのよ。しあわせ度が上がるの。そんな気がしたの」
あー、めんどくせぇ女。
「すごい発見でしょ?だからシカマルにも教えてあげようと思って」
でもよ、可愛いんだよな。
なぜだか惚れちまってて…
『めんどくせぇ』より『いとおしい』が上回る。
「そりゃどーも」
「どーいたしまして」
オレはクッと苦笑した。
が、次の瞬間。
「気にしないで。だって私がこの真理に行き着いたのはシカマルのキスのおかげだもの」
「はぁっ!?」
オレは間抜けな叫び声をあげていた。
一体なに言い出すんだよ!?
「きっとシカマルの頭の良さがうつったのよ」
「……」
なんつーか、脱力。
「ああっ、星がきれい!明日はきっと、いい天気になるね」
デジャヴの様なアイツの台詞に。
「…だな」
オレはオレの人生の質が、果てしなく上がって行くのを感じた。
ああ、やっぱりこの女はめんどくせぇ。
『オマエ』と言うイベントは、何よりも深く味わうべき天からの贈り物だ。