遊戯王5D's


□戻れない場所
1ページ/2ページ




夏の学校は、ムシムシとしているのに対しタイルで出来た廊下は冷えてある程度の涼しさを感じた。
久しぶりに入った学校。
卒業して、どのくらい経ったか思い出す気にもならない。
今日は酷い熱帯夜だった。
環境問題は着実に悪化してることを俺は実感した。

『あ〜……懐かし…』

防犯用の器具に見付からず入れたのは、配置した位置がおかしいからか、気付かれてて誰かがこちらに向かっているか。
どっちでも良い。
捕まったって良い。

『鬼柳』
『ん』
『大丈夫か?』

鬼柳は夏バテしたような青白い顔で笑った。

『大丈夫、まだ』

鬼柳は病に掛かっている。
学生時代は運動神経抜群で数々の大会に出場し、賞を貰っていた。だが、鬼柳は早くから飲酒、喫煙していたこともあり、体を壊してしまった。
鬼柳の余命は、もう、無い。
最期にでも鬼柳を行きたいところに連れて行ってやりたかったのだ。

『屋上行こうぜ』

高さの低い一段一段を上って、屋上の扉を開け放つ。

『ここでよく昼飯食ったよな…』

数々の思い出を、校庭を眺めながら語る。

『ここは俺がクロウに告ったとこでもあるんだぜ?』
『そうだっけか?』
『覚えてろよ』

鬼柳は笑う。鬼柳は俺が覚えていない思い出を知っていた。その思い出は忘れてはいけないようなものばかりで、徐々に、俺は耐えられなくなっていた。

『ここは俺がクロウにキスしたとこでもあるしな』
『それは、覚えてる…』
『クロウ、泣くな』

学生時代に戻りたい。
きっと時間など気にせずに恋愛が出来たのだろう?
過去の自分が羨ましい。
今の俺は、タイムリミットがあるのだ。

『俺は死なねぇ』
『…』
『生きる』
『っ…』
『泣くなっつってんだろ…クロウ…!』
『俺だって…!泣きたかねぇんだよ…!』

鬼柳が俺を抱き締めた。
その手は少し震えていて、それでいて冷たい。
夏だというのに温まることを知らないかのようだ。

『何で…俺じゃねぇんだよ…何で鬼柳が…』
『止めろ……クロウだったら俺は自殺してる、絶対』

鬼柳の顔が、辛そうに歪んだ。

『帰る、か…?』
『…やだ』

鬼柳の膝が折れた。

『鬼柳!』

鬼柳は噎返り胸を押さえて呻いた。
時間はない。

『クロウ…っ』
『喋んなよ!』
『…キスしたい』
『…』

こんなときに赤面してしまう自分を呪った。俺は目を瞑る。柔らかいものが触れたと思えば、角度を変えて啄んでくる。口が開いた瞬間舌が入ってきた。
俺は鬼柳の肩を押し返す。呼吸器官も悪いのに、ディープキスなど出来るわけがない。だが鬼柳の力は学生時代と変わらず強かった。

『っん……やめ、ろ、っ』

やっとの思いで引き剥がした鬼柳の顔は歪んでいた。

『死にたくない…』
『…』
『クロウと一緒にいてぇよ…』
『止めろよ…』
『また、遊星とジャック、四人で、遊びてぇのに…』

俺は精一杯の怒声をあげた。それはもう悲鳴に近い。

『生きるって…言った!さっき鬼柳は俺にそう言った!死なねぇって言った!』
『…クロウ』
『…』
『京介、って呼んで?』

お互い、頬が光った。涙で濡れている。

『京介…好き、だぜ…』
『…サンキュー』

過去の自分はこうなることを予想していたのだろうか。ひとりになってしまうことを。

『俺も、』
『絶対止めろ』

鬼柳に言葉を阻まれた。

『お前は、最期まで、やりたいことやりきって…俺の分まで……生きろ』
『死ぬなよ…京介…ッ』







報告して、遊星とジャックは放心していた。
俺は何も考えられなかった。
もう、鬼柳はいない。過ぎた過去なのだ。
戻りたくとも戻れない過去の世界。
俺は、鬼柳と通った校舎を眺めて、泣き崩れた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ