短編

□ミカドアゲハ
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幾千もの月日を越えた奇跡があるとするならば、まさにこの事を言うのだろう。

銀河系の彼方より遠く離れた場所に居たとしても、海よりも深い絆で結ばれたふたりの友情を阻むものはもう何もない。

現世を共に生き、来世でまた逢えるように、たとえ前世ですれ違ったりしても、葉月は決して諦めたりはしなかった。



ミカドアゲハ



輝く空にきらめくのは星座の瞬き、いかなるときも忘れることは無かった夜の静けさはすっかりなりを潜め、ずいぶんとにぎやかになっていた。

山と海に囲まれたこの町では虫はもちろん魚も多く、夜には虫たちの声と波の音で溢れていた。


毎年の夏休みは日が暮れるまで虫を捕り、海に潜って暑さをしのぐのが地元の子どもたちの過ごし方でもある。

葉月の幼少期もそうだった。
男の子にも負けないくらいのじゃじゃ馬っぷりは今でも健在だ。

夏が来るとはしゃぎたくなるのは、おてんばな幼少期と近くに海があるからだろう。


しかし、葉月の一番の親友と呼べるあゆきが、幼い頃に大好きな海に引き込まれて死んだ。

荒れた海の底であゆきは何を思いもがき苦しんだのだろう。


夕立の後の穏やかな波打ち際で、夏だというのにあゆきは冷たくなっていた。


あゆきは連れていかれてしまったのだ。


幼い頃はそれが理解出来なくて、葉月は何度も海に潜った。
山の中の林の裏や、ふたりだけの秘密基地も探した。
けれどもあゆきは見つからなかった。


居なくなってから気づくのは、葉月はあゆきが大好きだったということ。


それはもう、伝えることさえ出来ないのだ。

彼が居なくなった夜が何日も続いた後、葉月は気づいた。


あゆきとの約束。
あゆきがあゆきになる前のあゆきに言われた言葉を、葉月は夜空を見上げながら思った。


現世に舞う青い羽に、夢を乗せて飛んでいたあの頃を思い出して。


葉月は薄暗い森の中に立つ墓標に手を合わせる。

今年で高校生になる彼女が思うことは、今でもあゆきが大好きだということ。

お盆の時期に必ず決まった時間に現れる青い羽の蝶々に、葉月は笑顔をこぼした。


空の青と山の緑を合わせたような美しいミカドアゲハは、実はあゆきではないかと疑っているのだ。


その度に葉月は思う。


──まだ見ぬ来世で結ばれるように、せめてこの現世ではゆっくり休んでください。



END
昔に書いたもの。もはや何も言うまい…。

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