短編

□ジャノメチョウ
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太陽の光に照らされて光る真夏の蝶々を、幼い頃はよく追いかけたものだ。

金色に光るヒメジャノメは、ひらりはらりと儚くも美しく優雅に舞い上がり、あっという間に手の届かない空へと逃げてしまう。

澄み渡る青い空に白い雲は印象的で、あずきはそこで目が覚めた。



ジャノメチョウ



うっかり縁側で昼寝をしていた彼女は今年で16になったばかりの高校生だった。
ぽかぽかと暖かな陽気に誘われて断る道理も無いあずきを母は笑うが、父はいつだって穏やかに構えて微笑んでいた。


こうしてみると彼女はずいぶんと大人しげに聞こえるが、幼い頃は相当なおてんば娘である。

しかし、季節は春になったばかりだというのに、あずきはもう夏を夢に見ていた。


思い出の彼方に埋もれていた記憶を、むせかえるような感情と共に思い出した彼女はぼんやりしたまま惰眠を貪りたくなって、もう一度目を閉じた。


うるさいくらいに響くセミの声、網を振れば何かしら飛び込んでくる様々な虫たち。
追いかけているうちにやって来る水辺で少し涼み、花を愛で、今一度駆け回る。


そう、自然のなかの森林は、あずきの庭みたいなものだった。

そこではぎらぎらと照りつける太陽の光も遮ることが出来るし、男の子ならば一度は憧れるカブトムシやクワガタも捕れるのだ。


けれどもあずきは、夏だけに見られるヒメジャノメが大好きだった。

太陽の光を浴びて輝くジャノメチョウに夢中になって、追いかけていたのは本当に幼い頃の自分だ。


きらきらと光るヒメジャノメに心惹かれて追いかけたのは、きっと、動く宝石のように見えたからに違いない。


背中の羽は決して大きくは無いけれど、ひらりはらりと舞い上がるヒメジャノメはどの角度から見てもきらりと光り、大きな目でこちらを睨む模様すらも美しいと子どもながらに思った。


今そのヒメジャノメを見ても、あの時ほどの感動は無いだろう。


何故、あのような日々を忘れていたのか。


何故、あのような日々は過ぎてしまったのか。


今となってはもう戻れない場所が、いとおしくて仕方がない。


出来るならばもう一度あの夏に戻りたいと、あずきは切に思った。




END

昔に書いたものなので恥ずかしい…。

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