甘味屋さんと鈴

□第15話
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日は西へと差しかかり、夏にしては随分と涼しく思う夕暮れ時、鈴は今日はひとりで修行の場に来ていた。




忍者だけが入ることを許されたこの場所で彼女はもちろん修業をしていたのだが、それはなかなか思うようにはいかなかった。




やはり柚木のことが気になっているのだろう、いつもより不機嫌そうにしている鈴はため息をついた。
きっと、ゲンは誰のものにもならないと信じてはいても、心のどこかで不安に思っているに違いない。




(…とーちゃんは仲良くしろって言ってたけど…)




鈴には出来そうに無かった。
例え表情を隠すことが忍者の掟であっても、ゲンに近づく柚木にだけは到底仲良く出来そうに無かった。




そもそも自分は理由さえ知らないのだ。
それがどうしていきなり仲良くなれよう。




アキや雪乃のように同年代ならまだしも、柚木はずっと年上───…それも、彼と同じ年齢なのだ。
話が合う訳が無い。




「…いつもの甘味屋にいないと思ったら」




突然背後から声をかけられ、鈴は思わず振り返った。




「こんなところでなにをしてるんですか?…修業もせずに」




悪戯めいたゲンの言葉に、鈴はどことなくむっとしながら彼を見た。
いつもと変わらぬ表情にわずかな微笑みを浮かべ、さらにはしゃがみ込んで目線を合わせてくる。




彼女はそれが嬉しく思う反面、どこか素直になれなくて、いつの間にか瞳をそらしていた。




「ふむ…ご機嫌ななめですね」




(…誰のせいだよ…)




思って鈴は、決して彼のせいだとは言えない自分にため息をついた。
指導者としての判断は鋭いのに、どうして恋愛的な関係になると鈍いのだろう。




ゲンには女心というものがまるで分かっていないのだ。
…もっとも、それは鈴も同じかも知れないが。




「…鈴さんが怒ってると、」




ゲンは彼女の頬にそっと触れたかと思うと、なかば強引に上を向かせ、瞳を伏せる。




「少し…淋しいです…」




そう言いながらゲンの手は鈴の頭に伸び、そして髪に触れた。
しかし、どうやら彼は声からしてあまり淋しがってはいないようだ。




「…ひとりだからじゃないの」




「…え?」




彼女の素っ気ない態度と言葉に、ゲンはなかば驚きながらも言葉を続ける。




「ひとり…ですか?」




「だから、」




質問の意図が分からない彼に、鈴は声を荒げた。




「せんせーがひとりでいるから淋しいんじゃないの?」




滅多に怒ったりはしない彼女の急な激怒に、ゲンは思わず言葉を詰まらせた。
確かに鈴が言うように自分はひとり身ではあるが、それをどうして彼女が知っているのだろう。




呆然とする彼の姿が目に入った。
本当はひとりでいることを止めさせたいと思ってはいるが、怒りとは違う、柚木への対抗心が邪魔をする。




「柚木が言ってたもの。ハヤテはひとりなんだって」




「………………。」




「だから…結婚するんだって…」




鈴はゲンの腕を振り払い、なおも強気な態度でいたが、彼女の平気なふりも、素っ気ない態度も、そこまでだった。




彼女はうつむき、泣きそうな瞳を伏せ、込み上げてくる涙をこらえながらゲンに尋ねる。




「…せんせーは…柚木と一緒に行っちゃうの?」




「…鈴さん…」




まさかここで柚木が絡んでくるとは思いもしなかった。




確かに彼女は鈴に対しても挑発的だったし、なにぶんひとりで四季の里に来るものだから、自分のいない間に言葉を交えたとしてもおかしくはない。




ゲンは首を振り、そして言った。




「行きませんよ…どこにも」




彼はもう一度腕を伸ばし、今度は鈴を抱きしめた。
妙に大人びているとはいえまだ子ども、それも自分の胸におさまってしまうほど彼女は小さい。




…残していったらどうなるかなんてことくらい分かっていた。




「…ほんとに?」




「えぇ、私の…かわいい教え子ですからね」




言った瞬間、鈴の肩が震えた。
安心したのだろうか、自分でも止めようのない涙が溢れてくる。




「…泣かないでくださいよ」




言いながらゲンは、鈴の頬に伝う涙を拭ってやる。
しかし、彼女はくすぐったそうに片方の瞳を閉じて、ふい、と顔をそらした。




「…泣いてないもん、夕日が眩しいだけだもん」




実際夕日は鈴の後ろにあったのだが、恥ずかしさのあまりに見え透いた嘘をつく鈴に、ゲンは優しげに微笑んだ。





やれやれ。
(…もう少しマシな嘘はつけないのですか…)(…嘘じゃないもん)





続く

だらだら長くてごめんなさい;

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