甘味屋さんと鈴

□第8話
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四季の里では雨が降ると、甘味屋は決まって店を閉めていた。
学校帰りの通り道でもある甘味屋に行けないということは、甘いものが大好きな鈴にとっては致命傷である。




最近はゲンにも会わないし、すれ違うこともしない。
これもきっと甘味屋が閉まっているせいなのだろう、鈴はどことなく物足りない気持ちを抑えながら家に直行した。




****




家のなかでは母親の舞が父親の京を叱っていた。
なんでも、雨が降っていて洗濯物が干せない状態だと言うのに、京は仕事で服を汚してきたのだという。




ぼろぼろになった父親を見て、鈴は呆れたようにため息をついた。
波木家の喧嘩は半端では無く、それはそれはもう見ていられないくらいに悲痛なものであるはずなのに、父親の京ときたら喧嘩の後にはもうケロリとしているのだから見ているほうはますます呆れる。




そうして彼は、お決まりの文句をいつも嬉しそうに言うのだ。




「あぁ見えてかーちゃんは優しいんだぞ?」




赤くなったところを擦りつつも、父親は能天気に笑ってみせる。




「かーちゃんはなぁ…そりゃあ強くて美しくて、怒っている時でさえ美しいんだ。それにな、強い女が笑うと最高なんだぜ?かーちゃんは俺にとっては自慢の……」




「ば、ばか言うんじゃないよ!!」




襖(ふすま)の奥から飛び出して来た舞は、恥ずかしさからか頬を真っ赤に染めていた。
おそらく京の声を聞きつけたのだろう、彼女は素早く印を組み始める。




「なっ…舞っそれはぁあああ!!」




「お黙り!!水遁・水鎌刃!!」




いつものように第2ラウンドが始まると、鈴は父親の悲痛な断末魔を背に家を飛び出した。




どうせ、水浸しになった家を見て第3ラウンドが始まるのだろう。
家のなかにいてとばっちりを食らうよりは、雨のなかにいたほうが数倍マシだ。




思って鈴は、ひそかに父親を心配しながら甘味屋に足を運んだ。




(………せんせー?)




彼女がいつも座っている長方形の椅子はきれいに片付けられ、笑顔の店員も見当たらないなか、閉まっている甘味屋の前でぼんやりとしているのは間違いなく月代ゲンだった。




手には傘を持ち、どことなく遠い目をしながら店の前にいる。
その光景は見るものをひどく不安にさせる何かがあった。




一体どうしたというのだろう。
雨の季節に入るまでずっと一緒にはいたが、彼のこんな表情を見たのは初めてだった。




「…………鈴、さん?」




不意にゲンがこちらを向いた。




ふたりはしばらくのあいだ見つめ合っていたが、やがて彼は足音も立てずに歩み寄り、持っていた傘を鈴にさしてあげた。




「…今日はお休みのようですね…残念です……」




言いながらゲンはいつものように微笑み、呆然と立ち尽くす彼女の手に傘を握らせる。
しかし、その時に重ねられた彼の大きな手のひらはひどく冷たくて。




子どもも騙せそうなくらいに柔らかなゲンの微笑みも、いつもより淋しいような気がした。





おだんご不足。
(…せんせーもそーなのかな…)





続く

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