陰る明光の物語

□陰る明光の物語 四
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「合戦…にございまするか」


「そう、猿と蟹のね」


エンレイには途方も無い話だったが、猿と蟹の因縁は深く、かれこれ二百年も戦いを続けているらしい。
しかも、今回ばかりは小競り合いでは済まされないと互いに奮起したため、合戦という大規模な戦いに発展してしまったという。


「いつもならば大したことは無いのだけど」


呆れながら翡翠は言った。
一族だけでなく、他の妖も参戦することになっているのだ。


「しかも場所は沙羅ノ浦ときた。あの街は大切な行商の街。潰されるわけにはいかん」


言いながら炎帝もため息をつく。
彼には今すぐにでも西門を越えて沙羅ノ浦へ駆けつけたい気持ちがあった。
表情こそ変えないものの、炎帝の拳が固く握られていることからエンレイは察した。


「けれどもわたくしひとりでは…」


「そう、どうにもならないね。これから策を考えようと思ったのだけど」


翡翠の耳がぴょこ、と動いた。
どたばた近づく足音に、青の眼を細める。


「…そうは言っていられないみたいだ」


「エンレイ!」


部屋の中へ思いきり転がり込んできたのは天武だった。
頭の上には黒い鳥の羽、どうやら慈前守が持っているらしく、羽飾りのようにも見える。

天武は自分が見つけたと主張し、褒めて欲しいと言わんばかりにエンレイにしがみついた。
見れば尻尾は激しく揺れて、いかにも遊んで欲しそうだ。


「…翡翠様?」


エンレイはじゃれてくる天武の頭を撫でながら、無言で部屋を出る翡翠を目で追った。
慈前守は首を傾げ、炎帝は小さく唸る。


「あやつは我に惹かれたためにもののけをやめた男だ。故に異端なるものとして排除される運命にある…我が姫よ、翡翠を頼む」


らしくない彼の物言いに不安を感じたエンレイは、天武をたしなめ、慈前守を乗せて庭へと飛び出した。
その時に舞い落ちた黒い羽を見つめ、炎帝は遠い目をしながら息を吐いた。




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