天使の書庫

□またいつか… V
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復興という二文字を掲げた天界は、目覚ましい進展を遂げていっていた。
ガラクタと化した建物を一掃し、また新たな建物を建築した。爆風や炎によって枯れていた森も大地も少しずつ新しい芽を天へと伸ばし、倒れていた木々にはつぼみがついてきていた。
だんだんと変化していく風景に影響され、暗く沈んでいた天使たちの心にも、希望の言葉が浮かぶようになっていた。
穏やかな風、はつらつとした笑い声。
天界に小さな光が差し込んでいた。

その復興に大きく貢献していたのは六聖獣だった。ユダを筆頭に、昼夜を返上しての作業はほかの天使たちの士気を上げ、心の支えとなっていた。
苦しい顔一つ見せずに働く姿は、多くの天使達の心を打ち、以前にもまして慕われる存在となっていった。



「はあ……」
レイは朝食作りの手を止め、深いため息をついた。
いくら天使といえども疲労はたまるものだ。
いつもなら、楽しく作る食事も日増しにしんどくなってきている。
それでもほかの天使たちのまっすぐな眼差しや、自分よりも頑張っている仲間のためを思うと自分にできる精一杯をしようと思う。
けれど、こうして一人の時間になると体は正直だ。
握りしめている包丁をぼんやり眺めていると、後ろから声がした。
「疲れているんだろう。無理はするな」
その声にはっとして、レイは振り返った。
「ルカ……」
ルカはレイの隣に立ち、食事の準備を手伝い始めた。
「ありがとうございます。でも、私は大丈夫ですよ」
そう言ってほほ笑むレイに、ルカはため息をついた。
「俺たちは仲間だ。頑張ろうとしなくていい」
「ルカ……。ありがとうございます」
ルカの優しさは温かかった。
レイの疲労は復興だけのせいではなかった。それをルカは気づいていた。
復興当初は必死だった。その必死さで忘れようとしていたものが、今重くのしかかっている。
仲間を失った悲しみは耐え難い悲しみだった。
「ルカ ……ユダはどうしていますか?」
レイが遠慮がちに聞いてきた。
「いつもどおり、だな」
ルカはなるべく表情を変えずに答えたつもりだったが、レイにはお見通しだった。
そうですかと、レイは肩を落とす。
「そう肩を落とすな。ユダには時間が必要なんだ」
ルカは励まそうとするが、レイの顔はますます曇ってゆく。
「……って」
「ん?」
レイの声が聞き取れず、ルカは聞き返した。
レイの瞳には今にも溢れんばかりの涙がたまっていた。
「だって、あれ以降ユダは泣かないんです。泣かないんですよ。普通通りに僕たちに……笑ってくるんです。仲間たちにもいつもどおりに。僕にはそれが耐えられない。……っ」
瞳から涙が零れ落ちた。次々と溢れてくる。
ルカはたまらなくなって、レイを抱きしめた。
レイはルカにしがみつくように嗚咽を漏らす。
「ルカ……僕は何もしてやれない自分が悔しい。ユダが泣かないのに、僕はこうして涙を止めることができない」
ルカの肩がレイの涙で冷たくなってくる。
「自分を責めるな。お前が泣いてやれ。あいつの代わりに」
そういってルカがレイの背中をなでると、レイは子供のように泣き始めた。ルカはそっと撫で続ける。
ルカはやるせない気持ちに心が痛んだ。
レイにはそう言うが、一番自分を責めているのはルカだった。一番の友に何もしてやれない自分が歯がゆかった。ルカには友の気持ちが痛いほどわかる。この胸に抱いている恋人をなくすかと思っただけで、心が引き裂かれてしまいそうだった。
ユダは泣かないのではない、泣けないのだ。
レイのように毎日泣いて過ごす日々も苦しいが、時間が経つにつれてきっと前を向けるようになる。友の死を受け入れられるようになる。だが、ユダはあの日で止まったままだ。どんなに温かい日差しも、友の友情も今のユダの心を溶かすことはできない。
レイの嗚咽を聞きながら、ルカは血がにじむほど自分の唇をかみしめた。
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