短編

□まだ、涙は枯れない
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帰ってきた彼に向かって言ってやろうと思ったの。たった2文字の言葉を、馬鹿って。
だけど、彼を目の前にしたら声が枯れて言葉が出なかった。いつも言ってる言葉なのに何も言えなくて、顔も合わせられなくて俯いた。慣れていたつもりなのに、なんでこんなに思うように体が動かないんだろう。あぁそうか私、自分が思ってる以上に彼のことを想ってるんだ。




「泣くなって」

「…泣いて、ない」

「泣いてるだろ」

「泣いてない」

「顔あげろって」

「…違うって、言ってるじゃない」

「…なぁ」

「…」

「ごめん」

「…行くなって、行くなって言ったのに…」

「ごめんって」

「心配…したんだから…」

「…あぁ」




頭に置かれた手が、掻き乱れていた私の心を落ち着かせた。


エースの手は温かい。火の能力的だから?勿論その理由もあるけれど、彼の手には大きな優しさや愛情がある。私の不安な気持ちを落ち着かせてくれる温かい優しさと、私の全てを包み込んでくれる愛情が、その手からひしひしと伝わってきて。彼自身の優しさが、彼自身の愛情が、私の中まで染み込んで、胸の奥が熱くなる。ジワリとした感情がこみ上げて、ぎゅっと目を瞑ると、意外にも簡単にその答えが分かったような気がした。




「だけどいいじゃねぇか、生きてまた会えたんだ」

「…」

「大丈夫だ、お前を置いて死んだりしねぇよ」




そんなんじゃないの、言葉だけじゃ何も断言できないでしょ?もし深手を負って帰ってきたらどうするの?船医さんにも治せないような傷だったらどうするの?

ポタリポタリと、突然目から溢れ出てきた涙を抑えられなくて、バレたくなくて、声を押し殺して静かに涙を流した。鼻がツンとして、肩がふるえた。




「…やっぱり泣いてるじゃねーか」



にっこり笑うと、エースはその温かい手で私の体を抱き寄せた。ぎゅっとした愛情に抱き込まれて、少しだけ悲しさがおさまった。エースの笑顔は綺麗。どんな戦いから帰ってきても、どんな場面でも笑っているエースの顔は毎回私を勇気付けた。だから少しだけ、涙もおさまった気がする。だけど心配されてたのがそんなに嬉しいか、この…



「馬鹿、」




神様、愛する人を想い流した涙は
まだ、枯れていないみたい




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