小説

□君が居てくれた
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辺りを見回しても何もない、黒が広がるその空間。

そんな中で今、自分の目の前にあるのは二つの扉。

その片方から感じた不思議な気配につられ、俺はその扉に手をかけようとした。

しかし扉を開けようとしたその時、ふともう一方の扉から声が聞こえたのだ。

(みよさん…)

誰の声かはわからない。
だけどすごく、とても懐かしい声。
そしてそれは…きっと自分が1番聞きたい声。

(行かなきゃ…)

そう思うが早いか否か、俺はその声のする扉へと手をのばす。

そして、その重い扉をゆっくりと開けた―…



「みよさん!みよさん!!」

目を覚ました俺の視界に真っ先に飛び込んできたのは、何度も俺の名前を叫ぶ重の必死な顔。

「…し、げ…?」

「よかった!気がついたんですね…」

俺が名前を呼んでやると、先程まで彼が纏っていた緊迫した空気が和らいだ。

「俺は、一体…っ!」

体を起こそうとして、脇腹の辺りに激しい痛みを感じる。
そのあまりの衝撃に思わずうめき声が零れた。

「あっ動かないでください!ずいぶん深い傷なんですから。」

そう行って重は慌てながら俺をゆっくりと寝かせた。
腹の傷に差し支えないようにそっと、そっと。

「覚えてませんか?捕鯨の最中に、他の海賊に襲われて…。ずいぶん深い傷で、もう三日も意識が戻らなかったんですから。」

それにしてもよかったです、なんて言って俺に笑いかける彼の目元にはうっすらとくまができている。

あぁ、きっと今まで一睡もすることなく、つきっきりでいてくれたのだろう。
ずっと名前を呼んでくれていたのだろう。


きっと、さっき俺がいた場所はあの世とこの世の境目。
あの声がなければ、俺はきっとこっちに戻ってくることはなかったかもしれない。

あの声が、重の声が俺をこちらに連れ戻してくれた。

そう思うと、どこからともなく彼に対する愛しさが込み上げてきた。


傷のない側の腕をのばして重の頬をなぞる。
彼は一瞬驚いたようだったけど、すぐにまた俺の好きな笑顔をその顔に浮かべる。


(おまえの声、確かに俺に届いてた)

(ずっと側にいてくれてありがとう…)

そう言ってやりたかったが、腹の傷が痛んで言葉を発するのは難しい。

(これは、また後に…)

そう決めて、俺は再び目を閉じた。


俺から重への思い。
言葉にするには大きすぎるそれを、声に乗せて彼に届けるには…
…もう少し時間がかかるみたいだ。

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