小説

□いつの間にか、こんなにも
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「あちー…あちー…」

「おい三之助、お前さっきからうるさいぞ!」

「しょーがねぇだろ、本当のことなんだから」

「先輩方ー、ただでさえ暑いんですからもっと静かにしてください」

真夏の体育委員会室。
そこの熱気にあてられ今にも一触即発状態な先輩2人を、金吾がやんわりと止めた。

両者ともまだ言い足りないといった様子であったが、一年生に止められては…と渋々各自の持ち場へと戻る。

それを見届け、金吾も再び砲丸を磨く手を動かし始めた。

「だいたい、なんでこんな日に掃除なんかしなきゃいけねーんだよ」

「仕方ないだろう。六年生の考査期間中、七松先輩がいない時にこの体育委員会室の掃除をしようと前々から決めていたではないか」

そう言いながら三之助を指差す滝夜叉丸。
彼の腕の先では、埃でコーティングされたハタキがひらひらと風になびいていた。

「うわっ、そんな埃まみれなもの向けんなよ!
でもよ…もっと暑さが和らぐ時間からでもよかったんじゃねぇか?」

「普段使っていない分、綺麗にするのに時間かかるからって、それも前に決めていましたよね。
とりあえず次屋先輩、手を動かしてください」

いつまで経っても終わりませんよ、と、また金吾に言われてしまっては返す言葉もない。
こうしてようやく三之助も窓拭きを再開した。

「それにしても…」

「ん?どうした、金吾」

「いえ、七松先輩がいらっしゃらないとこんなにも静かなんだと思いまして」

ようやく砲丸を磨き終えた金吾のその言葉に、滝夜叉丸と三之助が振り向いた。

だいぶ綺麗にはなってきたものの、まだ薄汚さが残る中、一旦休憩だと言い掃除の手を止める。

「そりゃあ、あの人はいつも落ち着きなく何かと動いてるからな」

「おかげでこっちは毎日全身疲労でくたくただ。全く、こんくらい楽にもなってほしいもんだぜ」

「私も三之助に賛成だ。本当に、振り回されるこっちの身にもなっていただきたい」

「…でも」

3人の話が盛り上がる中、今まで黙々と床を拭いていた四郎兵衛が口を開いた。

「七松先輩がいらっしゃらないと…なんだか物足りないです」

思いもしなかったその言葉に一同は唖然とした。
先程までは床拭きやらハタキやらの音がした部屋の中も、今はただ沈黙が流れる。

そんな重い空気の中、最初に声を発したのは金吾だった。

「僕も…それはちょっとわかります。物足りない、というか落ち着かないです」

「実は俺も…。なんだか静かすぎて逆にやりづらいかもな」

続いて照れ臭そうに言った三之助。
その後、3人の視線は滝夜叉丸へと移っていった。

「なっ…わ、私はそんなことこれっぽっちも思ってはいないぞ!」

「先輩、そう言いながらもさっきからそわそわしてますよ」

「あっ、これはだなぁ…」

言い淀む滝夜叉丸を最後に、再び4人の中に沈黙が流れた。

(こんな時、七松先輩がいてくださったら…)

きっと沈黙なんてお構いなし、空気も読まずに走りだすだろうと。

普段では恨めしいが、こんな時はそういったところはありがたいと思う。
4人は皆そう思ったが、誰も口に出すようなことはしなかった。

…なんとも気まずい。


「まっ…まぁ、今日みたいに七松先輩がいらっしゃらない日が一日くらいあってもいいではないか!ほらよく、休息も鍛練のうちだと言うだろう?あれだと思え!」

「そ、そうだな。たまにはこんな日があってもいいよな!」

「そうですよね!たまには、です」

「先輩、いいこと言うじゃないですか」

長い沈黙に耐え切れなくなったであろう滝夜叉丸を皮切りに、皆口々にそう言う。

そう、今日は先輩はいらっしゃらない。
だからこそ今こんなに穏やかで平和なんだ。

そう…だから今日は先輩の声なんてしないはずだ。
ほらだから、今聞こえるのといえば元気に走る音といけいけどんどんなんて声だけでー…

…いけいけどんどん?

「みんな!いるかー?」

外からの聞き慣れた口癖に気づいた時にはもう既に遅し。
バーン!と派手な音がしたかと思えば、入口に見えるのは噂の体育委員長殿。
そんな彼の横では、勢いよく開かれた戸が半壊になっている。

まさかの小平太登場に驚かない委員達ではない。
ぽかんと口を開けたまま、思考を停止させていた。

そんな中しばらくして我に返った者は、戸惑いながらもなんとか疑問を口にする。

「せ…先輩!?」

「なぜここに!…考査はどうしたんですか!?」

「あぁ、あれか。さっきまで勉強していたんだが、つまらなくなってやめてしまった!」

「そんな…ちゃんとやらなくて大丈夫なんですか!?」

「んーどうだろう?…まぁ、細かいことは気にするな!」

わははは、と笑う小平太。
そんな姿を見ているとこちらが疲れてしまうと、4人はため息をつく。

だが同時に、いつもの雰囲気を取り戻したことも皆気づいていた。

(あぁ、やっぱり体育委員会はこうでなくては…)

滝夜叉丸がふとそんなことを考えていると、きっと同じことを考えていたであろう三之助と目が合った。
金吾と四郎兵衛を見ても、やはり同じだったのだろう、あちらも滝夜叉丸を見ていた。

いつの間にか、これ程にまで委員長を必要としていたのか。
どこか呆れるほどの考えが可笑しくて、顔を見合わせた4人は照れ臭そうに、でもどこか嬉しそうに笑った。


その後、小平太に無理矢理裏々々山まで走らされた揚げ句、まだ終わっていなかった部屋の掃除と壊れた戸の修理のために日付が変わる頃まで働かされた4人は、また考えを改めることとなる。


前言撤回。
やはり暴君は暴君である、と―…

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