novel

□誓い
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― 誓い ―                


眩い朝日が差し込む部屋―――
只でさえ広いそこは、つい先程まで大勢の人の出入りがあり、賑やかな声が響いていた。
だが今は『大きな姿見の鏡』と『たった一つの椅子』だけが置かれ、その広すぎるほどの殺風景な部屋に、金髪の女性がたった一人――その椅子に腰掛け、窓から見える眩いばかりの広大な庭を見つめていた。


そういえば小さい頃、『ドレス』が嫌いだった。
だってかけっこも木登りも出来ないし、なにより「大人しくしていなさい。」と言われているみたいだったから…。
でも私は強くなりたかった。男の子に負けないくらい。―――だってお父様の後を継げるの
は私だけなんだから!だから強くなって―――誰にも負けないくらい強く…強く…。

でも…お父様の望んでいた「強さ」は「そうじゃない」っていうことに気がついたんだ…。例え「女の子」でも、「強い心を持ってそれを成し遂げられる事」。そして…それは「一人で全てしなければいけない事ではない」ということ…。

そう…「傍で支えてくれる人がいれば、願う未来を一緒に作っていける事」を…。
 
女性はふと椅子から立ち上がり、零れる光と、そよ風がレースのカーテンを揺らす窓辺に立ち、そこから限りなく広がる蒼天を仰ぎながら、晴れやかな表情で語りだした。

「お父様…今日から私は、私を支えてくれる、大事な人と共に歩んで行きます。それを『ハウメア』に誓う為、この『ドレス』にもう一度、袖を通す事に決めました。…一度、自分を棄てて、『オーブ』の為に…国民の為に…自分の気持ちを偽って、この『ドレス』を着たけれど、あの時の私は、お父様――「どんな私に見えましたか?」―――」
 女性は遠くの空の彼方へ問い掛ける。
「お父様…あの時の私は『ドレス』を着た『人形』でした。」
女性は俯きながら、心の中で祈るように語る。
(そう…『綺麗なドレス』で着飾られた『お人形』―――国も政治も全て「女らしい姿」で、「大人しく夫に従い」――それだけの、ただ象徴としての存在でいるように…。だからその時も思ったんです。『ドレス』は私を縛るもの…身動きも、考えすらも持たせてくれなくなる鎖。だから『ドレス』を着ることは…やっぱり嫌いです。)
「でも―――」
 女性は眩い空を見上げ、晴れやかな中に、ふとした邂逅の表情を覗かせて呟いた。
「…やっぱり『今日の私の姿』を、少し『貴方に見て欲しかった』な…。」

 その時、ドアのノック音。
「姫様、そろそろ『お式』の準備に向かいますよ。」
「わかった。マーナ。」
 そう言って、女性は着慣れないドレスだと垣間見せないほどの優雅さで振り向くと、真っ直ぐ背筋を伸ばし、礼を取る執事やメイド達の間を歩いていった。


*     *    *

 
屋敷を出発したリムジンが街中を走り出す。祝福の輪の中、これまでにない程の幸せに満ち足りた女性の表情に、沿道に集まった人々から歓喜の声が上がる。
だがその笑顔の中に、ふと寂しげな表情を浮かべるのを、隣に座っていた『彼』は見逃さなかった。
「カガリ。どうかしたか?」
「ううん。何でもない! ただ―――」
「ただ?」
「『お父様』に…今日ここにいて欲しかったな…って。」
「…そうだな…」
アスランに少し寄り添うようにして呟いたカガリに、アスランがそっとその手を握る。
「きっと私のこの姿見たら、お父様ビックリするぞ! だってドレス着てるとお父様「可愛いよ。」って言って「キス」してくれたもん!」
 寂しさを隠そうと、笑顔で話し出したカガリに、アスランの表情がみるみる焦りだす。
「な――!?ちょっと待て!カガリ!」
「なんだよ、アスラン。」
「ドレスの時は…いつも…してくれたのか? その…ウズミ様は…」
「あぁ!してくれたぞ!『レディー』にはこうするものだ!って。…でも…」
「?」
「もう、してくれることはないから…」
過去を懐かしむカガリの横顔。親であれば愛しい娘の旅立ちをさぞ喜んだであろう。その注がれるべき愛を替わってカガリにしてやれるのは―――
「そんなことはないよ。カガリ」
「?アスラン?」
 不思議そうに覗き込んだ無防備なカガリの唇に、アスランは自分のそれをそっと重ねた。
「な!///まだ結婚式、始ってないだろ!?『誓いのキス』はまだ先だぞ!」
 真っ赤になって唇を抑えるカガリに、アスランはそっと優しい眼差しを向ける。
「これから俺がしてあげるから。この唇は『俺だけの』だし。」
「アスラン…それは…」
「いつでもしてあげるから。『レディー』のときも。そして―――」


―――いつも君の笑顔が耐えないように…いつでも…どんな時でも…


*     *     *


『神殿』の前に着いたリムジンから、先に降り立った濃紺の髪の青年が、そっと金の髪の女性に手を差し伸べる。
 笑顔でその手に自分の手を重ねた女性は、優雅に降り立つと、青年の腕をとり、ゆっくりと祭壇を上がる。
(この祭壇に初めてユウナと立ったあの時―――何も見えなかった―――こんな綺麗な青空も…広い祭壇も…柔らかな風も…)
 女性がそっと隣を除きこむと、青年はその視線に気がつき、包み込むような微笑を向ける。
(不思議だな…アスランと一緒だと、全ての物が鮮やかに見える…感じられる…)
 金の瞳に自然と潤みだす涙。
 二人が向かい合った時、青年は彼女の頬にそっと触れ、零れる涙を優しく拭う。

 あの時一度は外した指輪が、再びその指に通る。もう二度と外されることの無いように、指の奥にそれはしっかりと収められる。

「誓いのキスを―――」
 神父の言葉に、嬉しさで満ち溢れたまま、そっと唇を重ねあう。


―――アスラン、私も誓うぞ。
   もう誰もが悲しむ世界は作らない。
   そして―――もう、お前が苦しまないように、
   希望に満ちた世界が訪れるように、

  
『願う未来』を―――一緒に作ろうな。


これから、ずっと…



Fin.

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