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□BALL AND CHAIN
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季節はおそらく、初夏。そうじゃなければ、晩春。
季節の変わり目なんて、海に湧く温泉みたいなものだから、触って漸く『だいたい、このへん。』と見当がつく、そんな曖昧さが多分いちばん正しい。
晴れた、若干淡いような青い空の隅に、綿埃みたいに雲が転がる。
左手の小さな川、右手の小高い丘にはさまれて目の前に広がる原っぱには、踏みしめられたみどりの匂いが満ちて、風速4メートルの風に溶けて、わたしの髪を靡かせる。
たくさんの家族連れが草の上を駆け回り、弁当を広げ、男の子と金色の犬がボールを追って横切って行った。
隣では、高めの頬骨にくっきりした目元、眉も睫もはっきりと黒い、彫りの深い顔立ちの彼が笑っている。
わたしはさっき、夫と別れたばかりだった。
夫に、他の女性が居るのは知っていた。きれいなひと。
「もう、おまえを好きじゃない。」
と告げられてからも、わたし達は一緒に暮らしていた。
音楽、価値観、料理の好み。何年も(あっという間の日々を)一緒に過ごしたわたし達には、共通するものが他にもたくさん、あった。
穏やかに、姉弟の様に、自然にわたし達は生活を共にしていた。
だから、彼女の存在を告げられても、嫉妬という感情はわかなかった。
──寂しさは、感じたけれど。
やがてわたしにも、好意を持ってくれる男性が現れた。
ただ、付き合いはしなかった。なんとなく、夫と別れることにならない限り付き合うことはないだろうと感じていた。
今朝、些細なことで、夫と喧嘩した。
彼女や彼の存在とは、全く別の次元の問題で、けれど洗面台のオレンジの光に照らされた背が高く細身の後ろ姿、鏡の中の夫の目は、とても冷ややかで。
かつて、甘い言葉を交わし合ったこともある、そんな形跡は何処にも見当たらなかった。
「──もう、別れようか。」
鏡の中の夫を見つめながら、気付けばそう、口走っていた。
夫の目に、苛立ちが混ざった。
向き直った夫の瞳は、冷たい、艶のある金属を思わせた。
「わかった。終わろう。」
夫の唇からその言葉がぽつりとこぼれるのと、わたしの目から涙がぽたりとこぼれるのとは、同時だった。