パロディ部屋

□トリツカレ男
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七松小平太は、みんなから「トリツカレ男」ってなあだ名で呼ばれてる。

一度何かにとりつかれちゃうと、もう他の事には一切気が向かない。
またそのとりつかれかたってのが、ちょっと普通ではないのだ。

例えば一昨年のこと。ある気持ちの良い春の日、彼は突然バレーボールにとりつかれた。

くのいち達がへたっぴにバレーボールを打ちあってるのを見ながら、

「ふうん、私の方がよっぽどうまいな」

小平太は思った。
その瞬間にだ、もうはまってしまっていた。バレーボールに。

「いっけいけどんどーん!で、バレーだ!!」

周りにいた人間が一斉に振り返るほどの大声で、拳突き上げて外に飛び出したんだな。

それから毎日さ。どこにいたって何してたって、バレーのことばっかし。

「おーい小平太。その本こっちに投げてくれ」

ちょっと離れたとこで手を振る同級生に向かって、まかせとけと立ち上がる。

何をするのかと思って黙って見てたら、小平太は本を真上に高く上げて、

「いけどんサーブ!!」

勢いよく利き手を振り下ろしたのさ。

「どわぁっ!?」

小平太に打たれた本はまるで真上から落とされた手裏剣のように、同級生のすぐ足元に叩きつけられた。

「馬鹿!なんでレシーブしないんだ!」

「ふざけんな!」

付き合ってられるかと顔を真っ赤にした同級生は、
足元でぐちゃぐちゃになった本を拾い、さっさと逃げてった。

ちょうどそこへ、学級委員長がやってきていた。

「おい小平太、バレーに熱中するのはいいが、何でもかんでも打つんじゃない。
上級生やくのいちからも苦情がでてんだぞ」

「でも、でも」

小平太は目を輝かせて両手の拳を握った。

「ふわっと浮き上がったものを力いっぱい叩き付けるあの感触。
すごい気持ちいいんだ。なんでみんな分かんないのかな!?」

学級委員長はやれやれと耳をおさえて逃げた。



実技の授業の小平太は生き生きしてる。

頭を使うのが得意でなく、考え終わった時にはもう手足が出ているような性格だから、当然だ。

けどね、いくら生き生きしてたって、周りの皆にしてみりゃ組み手に集中してる中で、

「誰かバレーしよー!!」

って感じに耳元でがんがん叫ばれちゃたまったもんじゃない。
あと少しで勝敗が決まりそうだった組も、迷惑そうに組み手をといてしまう。

もちろん、その場で小平太は実技の教師から雷とげんこつを落とされたのさ。



ある日、授業の終わりに担任教師から呼び出されたんだ。

「小平太、お前このまんまじゃ学園に居づらくなるぞ」

「申し訳ないと思ってます、先生…」

小平太は泣きそうな顔つきになる。

先生だって、彼に悪気がないことは分かってる。
しょうがないよな、トリツカレ男なんだから。

だから先生は溜息をつき、しばらくは努力して制御しろな、と言って彼の肩を叩いた。

小平太はこくんと頷いて、自室に帰った。

だけど、それでバレーボールを忘れられるわけがないんだな。

「いけいけどんどん!今日もバレーだ!!」

怪我した同級生の見舞いにいっちゃ、水桶をボールに見立ててスパイクをし、保健室から叩きだされた。

町で提灯が風に揺れるのを見て、これまた思いっきりアタック。キレた店主に半殺しの目にあった。

昼寝していた猫にひっかかれ、カラスには突かれ、ひざ頭は犬の噛み傷だらけ。

小平太はそんな毎日をおくっていたよ。
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