水軍パロディ

□はじめてのおつかい
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その日の兵庫水軍は、朝も早くからちょっとした騒動になっていた。


「きり丸、財布はちゃんと持ったか?」

「もったよー!」

「雨が降ったら、屋根のあるところでじっとしてるんだぞ?」

「うん、分かった!」

「知らない人についていったら駄目だからな」

「はーい」

「もし寂しかったら、すぐに帰ってきていいんだからな!!酔い止めの薬なんて、なくったって死にはしないんだか…!」


「うるせえぇぇ!!!いいから早くしろ!!」


いつまでたっても子供から離れようとしない重に、後ろから義丸の蹴りが綺麗に決まった。

蹴り飛ばされた勢いで壁に顔面から激突し、変なうめき声をあげた重にきり丸は心配そうに歩み寄った。

「大丈夫?」

「…うん、全然!!ありがときり丸!」

その姿にキュンときた重はきり丸の小さな身体を強く抱きしめた。

「…ったく、買い物に行かせるのにどれだけ時間かけるんだよ」

「だって義丸さん、きり丸が寂しがったらどうするんですかっ」

「寂しいのはてめぇの方だろ。笑わせんな」

恨みがましくきり丸の背中越しに義丸を見上げた重。

しかし義丸は冷たい視線と口調で事実を述べた。

それに対して何も言うことができない。だって、

「ねーねー、お釣りはもらってもいい?」

重の腕の中で瞳を輝かせるきり丸は、お世辞にも寂しそうだとは言えなかったからだ。



いい歳した海賊の男達が総出で幼子を送り出すこの状況は、かなりシュールな画である。

「じゃあきり丸、気をつけて行ってこいよ」

「はいお頭!」

玄関でそう言う兵庫第三協栄丸の後ろには、大勢の水夫達がごった返していた。

「行ってきまーす!」

外へ一歩踏み出し、そのまま軽い足取りで町へと続く道を駆けて行った。

「きり丸ー!頑張れよー!!」

「無茶するなよー!」

走るきり丸の背に仲間の声援が飛び交う。

涙目になっている者も多く、大半が我が子の独り立ちを見守る親の気持ちが理解できた。

振り返ったきり丸は笑顔で左手を上げた。
それからは一度も後ろを見ることなく、小さな背中はやがて見えなくなった。

「いったな…」

「俺こんな不安になったの何年ぶりだろ」

水軍の館は一気にしんみりとした雰囲気になる。

その中でも特にうじうじしているのは重であった。

「うー…。大体はじめてのおつかいで町の薬屋なんて遠すぎますよ。
もっと安全で近いところの方がいいって何度も言ったのに…」

「例えば?」

「千枝ばあさんの茶店で団子を買ってくるとか…」

「あんな目と鼻の先にあるような店、三分で帰ってこれるだろうが!!」

舳丸の鉄拳が重のあごを捉えた。そしてそれを諌める者は誰もいなかった。

「重、お前きり丸のことが信じられないのか?」

疾風がのっそりと重に元に歩み寄る。

「まさか!!」

「だったらぐじぐじ文句を垂れるな。本当にきり丸を信じてるならな」

「う……はい」

疾風にそう言われてはなす術はなかった。

いつもだったら疾風の方がきり丸に対して甘い。
きっと疾風だって喜んで送り出せたわけではないだろう。
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