水軍パロディ
□はじめてのおつかい
1ページ/4ページ
その日の兵庫水軍は、朝も早くからちょっとした騒動になっていた。
「きり丸、財布はちゃんと持ったか?」
「もったよー!」
「雨が降ったら、屋根のあるところでじっとしてるんだぞ?」
「うん、分かった!」
「知らない人についていったら駄目だからな」
「はーい」
「もし寂しかったら、すぐに帰ってきていいんだからな!!酔い止めの薬なんて、なくったって死にはしないんだか…!」
「うるせえぇぇ!!!いいから早くしろ!!」
いつまでたっても子供から離れようとしない重に、後ろから義丸の蹴りが綺麗に決まった。
蹴り飛ばされた勢いで壁に顔面から激突し、変なうめき声をあげた重にきり丸は心配そうに歩み寄った。
「大丈夫?」
「…うん、全然!!ありがときり丸!」
その姿にキュンときた重はきり丸の小さな身体を強く抱きしめた。
「…ったく、買い物に行かせるのにどれだけ時間かけるんだよ」
「だって義丸さん、きり丸が寂しがったらどうするんですかっ」
「寂しいのはてめぇの方だろ。笑わせんな」
恨みがましくきり丸の背中越しに義丸を見上げた重。
しかし義丸は冷たい視線と口調で事実を述べた。
それに対して何も言うことができない。だって、
「ねーねー、お釣りはもらってもいい?」
重の腕の中で瞳を輝かせるきり丸は、お世辞にも寂しそうだとは言えなかったからだ。
いい歳した海賊の男達が総出で幼子を送り出すこの状況は、かなりシュールな画である。
「じゃあきり丸、気をつけて行ってこいよ」
「はいお頭!」
玄関でそう言う兵庫第三協栄丸の後ろには、大勢の水夫達がごった返していた。
「行ってきまーす!」
外へ一歩踏み出し、そのまま軽い足取りで町へと続く道を駆けて行った。
「きり丸ー!頑張れよー!!」
「無茶するなよー!」
走るきり丸の背に仲間の声援が飛び交う。
涙目になっている者も多く、大半が我が子の独り立ちを見守る親の気持ちが理解できた。
振り返ったきり丸は笑顔で左手を上げた。
それからは一度も後ろを見ることなく、小さな背中はやがて見えなくなった。
「いったな…」
「俺こんな不安になったの何年ぶりだろ」
水軍の館は一気にしんみりとした雰囲気になる。
その中でも特にうじうじしているのは重であった。
「うー…。大体はじめてのおつかいで町の薬屋なんて遠すぎますよ。
もっと安全で近いところの方がいいって何度も言ったのに…」
「例えば?」
「千枝ばあさんの茶店で団子を買ってくるとか…」
「あんな目と鼻の先にあるような店、三分で帰ってこれるだろうが!!」
舳丸の鉄拳が重のあごを捉えた。そしてそれを諌める者は誰もいなかった。
「重、お前きり丸のことが信じられないのか?」
疾風がのっそりと重に元に歩み寄る。
「まさか!!」
「だったらぐじぐじ文句を垂れるな。本当にきり丸を信じてるならな」
「う……はい」
疾風にそう言われてはなす術はなかった。
いつもだったら疾風の方がきり丸に対して甘い。
きっと疾風だって喜んで送り出せたわけではないだろう。