ひめひび
□2010-2011拍手ログ
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【明良/ひめひび2】
浅い眠りから覚めると、カーテンから薄日が差していた。汗ばんだ体に纏わり付く薄手の布団を抜け出す。寝起きの足の裏に、新しい畳のひんやりとした感触が心地好い。
休日とはいえ、少しのんびりしすぎたようだ。明良は枕元の眼鏡を取り上げ、目頭をかるく揉んでから耳にかけた。
「おはよう」
リビングのドアを開けたが、しかしそこに菜々美の姿はなかった。キッチンからは良い匂いが漂っていて、もう朝食の支度は出来ているらしい。
「菜々美?」
当たりを見回すと、ベランダへ続く窓が開いて、レースのカーテンが風にそよいでいた。さっと片手で掻き分けて外を見る。
晴天が目に染み入った。眩しさに細めた目に、白くはためくワイシャツが映る。
「あ、おはようお兄ちゃん」
最後の一枚をぴっとしわを伸ばして、振り返った菜々美が微笑んだ。
春過ぎて 夏来にけらし
白妙の 衣ほすてふ 天の香具山
昨日授業で使った和歌が脳裏をかすめる。鮮やかな空の青さも、ワイシャツを揺らす風の軽やかさも、もう夏の色だ。
「お兄ちゃん、まだパジャマなの? 朝ごはん出来てるよ」
「ああ。すぐ着替えるよ」
「じゃあお味噌汁あっためなおすね」
菜々美はサンダルを脱いで揃えると、軽やかに明良の横をすり抜けていく。
兄妹ふたり、生きてゆく為に互いに支えあってきた。
亡き両親の代わりに、菜々美が大人になるまで守ると決めていた。
けれど。
「綺麗になったな」
切なく苦い呟きがぽつりと漏れる。
もう手放す時期だ。
菜々美の為に、何より自分自身そうしなければならない。
大人なのだから。
「お兄ちゃん?」
ぼうっとして動かない明良を訝しんで、菜々美が汁椀を片手に振り返る。
なんでもない、と首を振り、明良はとことこと近づいてきた菜々美の頭をくしゃりと撫でた。
「ありがとうな」
ありがとう。
ずっと俺に愛させてくれて。