ひめひび
□2010-2011拍手ログ
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【ひめひび2/明良】
両手に下げた紙袋が、重い。
バレンタインである。今年は平日なものだから、更にひどかった。「いやあ、モテて羨ましいですな」などと職員室で厭味を言われるくらいならまだいい。
今日は菜々美の誕生日なのだ。
車の後部席に紙袋を突っ込み、運転席に乗り込む。今からでは着替える時間はあまりない。一応、状況を見越して良いスーツを選んで着て来てはいるが、本当なら一張羅のアルマーニを着るはずだったのだ。
俺はちらりと助手席に目をやった。そっと置かれた小振りの紙袋。誰でも知っている有名なブランドのものだ。
菜々美ももう大学生だし、こういう少し大人っぽいアクセサリーもそろそろ似合う頃だろう。もう18歳だし、いつ恋人が出来てもおかしくない。
それを寂しく思う自分き苦笑が漏れた。
いつになったら妹離れが出来るんだか。
俺は紙袋をそっと座席の後ろに回して、上にコートをかけて隠した。
菜々美との待ち合わせは、駅前のコーヒーショップ。中で待つよう言っておいたのに、菜々美の姿は店のすぐ前にあった。しかも、ナンパされている。
一旦近くのパーキングに入れるのを路駐に変えて、俺は慌ただしく菜々美の元に向かった。
「菜々美…!」
俺は呼んだが、菜々美が振り向いたのはそれより早かった。
「お兄ちゃん!」
「すまない、遅くなって」
駆け寄った俺が睨みつけると、ナンパしていた少年二人はすごすごと引き下がった。当然だ。俺は奮然としながら、冷えきった菜々美の手を取った。
「中で待ってろと言っただろう」
「ごめんなさい。でも、私もさっき来たばかりなの。それに、お兄ちゃんすぐ来てくれると思ったから」
「来たばかり?」
繋いだ手を軽く振って見せる。こんなに冷えていて、10分以上待っていなかったわけがない。菜々美は悪戯っぽく笑うと、俺の手を引いた。
「ほら、早く行こうお兄ちゃん。私、お腹空いちゃった」
その笑顔に、俺は滅法弱い。言い付けを守らずナンパされていた分の小言は後回しにして、俺は菜々美と並んで歩き出した。 ああしまった、花屋に寄る予定だったのに。
「どうしかたの?」
「すまん、花を買うのを忘れてた」
「いいよ、毎年貰ってるもの。それよりお兄ちゃん、車の方は大丈夫?」
菜々美に促されて車に戻ると、駅前パトロールの男性が渋い顔をしていた。俺達は軽く頭を下げて、車に乗り込む。エンジンをかけたままだったから、車内はまだ温かかった。シートベルトを締めたのを確認して、俺は車を発進させた。
目的地は市の外れにある小洒落たフレンチレストラン。バレンタインデーだからか、店内にはカップルが目立った。入口で予約している旨を伝え、コートを預ける。その時一緒にプレゼントを預け、デザートが終わったら持って来てくれるように頼んだ。
「お待たせ、菜々……」
白いコートを脱いだ菜々美は、ほっそりした肢体に淡いピンク色のワンピースを纏っていた。光沢のある生地に、ビーズの刺繍がキラキラと光っている。まるで雪の下から現れた春の妖精――などと言ったら大袈裟に聞こえるかもしれないが、俺の目にはそう映った。
幼さの抜けてきた頬の輪郭を、癖のない栗色の髪が縁取っている。俺を見つけて笑うその笑い方も、昔と変わらないのに。
「……綺麗になったな」
眩しいくて、俺は目を伏せた。
菜々美は、本当に綺麗になった。
いつまでも俺だけの菜々美じゃない。何かからそう突き付けているようで、胸が切なく痛んだ。
「お兄ちゃん…?」
「いや、なんでもない」
俺は首を振り、菜々美をエスコートすべく腕を差し出した。
もう少し。
もう少しだけ。
お前に恋人が出来るまでは。
俺が安心して託せる奴が現れるまでは。
俺の可愛い菜々美でいてくれ。