「マグノリアの咲く庭」

□4.導 線
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 長い夏休みも終わり、新学期が始まった。

 先生から電話番号のメモを受け取ったが、電話する事もなく何も変わった事も起きなかった。

しかし沖田先生は始業式に来なかった。

いや、始業式所か一学期の終業式以来、一度も学校に来ていない。

昨年六年生を受け持っていた原田先生が、代わりに担任を務める事になった。

原田先生の話では体調を崩し暫く休職すると言う事らしい。

人気の高い先生だっただけに皆、嫌そうな顔をしていた。

 原田先生は五十代の女の先生で厳しいので有名だ。
冗談など通用しないし笑顔も殆ど見た事がない。

抜き打ちでテストがあったり、鞄の中身をチェックしたりで、特に女子からかなりブーイングを受けている。

 沖田先生が来なくなって一ヶ月以上が過ぎた。
余り休みが長いので、有志でお見舞いに行く事にした。

「お見舞い? そんな事しなくても大丈夫です。良くなられたらまた、戻って来られますから」

放課後、原田先生に相談しに行ったら即答で断られた。

僕等は校門の傍で話し合った。
その有志の中にいた丸山美咲が言っていた。

「夏休みの間、先生一回家に来たよ。お父さんに会いに来たみたい。詳しい事は知らないけど」

「何しに行ったんやろ」

朗が腕を組み、難しい顔をして考えていると、丸山がすました顔で答える。

「私のお父さん、大学の先生してるんだ。何だか良く分からないけど、超心理学の研究しているんだって」

「うっそー、すごいなぁ。で、その超…何とかって何やろ」

クラスで一番体のでかい森田正俊が言う。

「ひょっとして超能力の事かな」

「そうかも知れへん。スプーン曲げとか」

「違うよ、念力とか透視とか、もっと難しい事と違うのん?」

丸山と一番仲の良い武田真理亜が説明する。

「さっぱり分からへん」

「とにかく、一回行ってみよ」

「えー、原田先生、行かなくてもいいって言ってたのに?」

朗が行動を決めたとたん、皆逃げ腰になっている。
ふっと思い出した。

「そうや。僕、先生の電話番号知ってたんや。忘れてた」

「聖樹、何でもっと早く言わへんねん。ちょっと見せて」

ランドセルのポケットにずっと入れたままになっていたメモを朗に見せた。

「僕、テレカ持ってるけど」

森田がテレフォンカードを出すや否や、ひったくった朗は近くの公衆電話に走って行った。

僕等も後からついて行った。

「聖樹、ほれ、持って」

受話器を持たされ彼が番号を押す。

固唾を飲み呼び出し音を一回ずつ数える。
森田と朗が僕の両耳に耳を当てる。

十回呼び出し音が鳴ると留守番電話の女性の声が聞こえ、最後に発信音が鳴る。諦め受話器を元に戻した。

「やっぱり留守か」

「何処に住んでるんやろ」

「私、去年先生に年賀状出したから知ってるよ」

武田がそう言ったので彼女の家までついて行った。
学校のすぐ傍にあるマンション内に入って行く。

僕等五人はエレベーターで五階まで乗り、玄関前で待たされた。

「あったあった、はい」

手に取った朗が年賀葉書の表面に書かれた住所を見た。

「東灘や、バスか電車でないと行かれへんわ。お金持ってないし困ったなぁ」

玄関で悩んでいると武田の母親が出て来た。

「何やの、帰って来るなりバタバタと。騒がしいなあ」

怪訝そうな顔で僕等の顔を見渡す。

「何かあったん?」

武田が母親に事情を説明する。
話を聞いた母親は首を傾げ顎に手をやる。

「でも、おかしな話やなぁ。普通お見舞い行くもんやけど、何で先生そう言いはったんやろ。それに電話掛けていてなかったら、家に行っても意味ないんと違うの? 一ヶ月も休む位やから骨折でもして入院してはるんと違うかなあ」

皆は妙に納得してしまった様だ。
しかし朗だけは目の輝きが違っていた。

「でも、確かめて納得したいねん。沖田先生は黙って休む様な先生と違う。原田先生、何か隠してる様な感じや」

 武田の母親は朗の言葉を聞いて何か考えている様だった。
僕等は二人の顔を交互に見た。

「よし、おばちゃんが連れて行ってあげるわ。ちょっと待ってて」

そう言うとすぐに部屋に戻り、鍵を持ち出し下へ降りて行った。

じっと目で追っているとマンションの入り口から駐車場へ回り、赤い軽自動車の鍵を開けエンジンを噴かせ手でOKサインを出した。

武田が嬉しそうな顔を見せエレベーターに向かう。

森田と丸山がついて行く。
僕と朗は顔を見合わせ頷き、その後を追った。
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