「麝香ーMUSKー」
□第1章 X
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土曜になった。
本来なら仕事の日だが、先月休講になった英文の授業が今日に変更されたのだ。
広い邸宅に悠璃をひとりにするのは気がかりだったが、平気だと言い張るので仕方なく授業に出る事にした。
一回ぐらい休んでも、太田に代返頼めばそれで済んだのだが。
いつもの様に単車を走らせて大学に向かった。
構内を歩いていると、木の下で太田が女と話をしている所に出くわした。
今度の彼女はえらく長身で、背の高い太田と幾らも変わらない。よく見ると、厚底の靴を履いていた。通りで背が高いはずだ。
いちゃついていたが俺に気付いた太田は女と別れ、傍に近寄って来た。
「よっ、色男」
太田は俺の事をそう呼んだ。どっちが、だ。
「太田に言われる筋合いはないけどなぁ」
「行って来たのかよ、牟田先生のとこ。どうだったんだよ」
「いいや、先に彼女を説得しないとなあ…」
「そうか、どうなんだよ? 彼女、悪化したのか?」
「何とも言えん」
「…おまえな、マジに言えよ。心配してやってんだから」
「悪い、言えない事もあるんだよ、色々と。複雑すぎて」
煮え切らない俺に太田がキレそうになる。
協力して貰っておいて結果を言わないのは反則かも知れないが、知られて困る事もあるのだ。
「また、気が向いたら報告するから」
そう言ってその場を後にした。
講義が終わった後、駐輪場から悠璃の待つ邸宅へ即行で向かった。
悠璃は、ちゃんと待ってくれていた。
そしてカウンセリングへ行くことを勧めた。
「私は何処も悪くないわ。病気じゃないのにどうして行かなきゃ駄目なの?」
「悠璃、そう言う意味で言ったんじゃないって。病気だからじゃなくて、ただ検査した方がいいって言ってるんやって。俺は悠璃の身体を心配してるんだ。この前からよく気を失って倒れることが続いてるから、何処かに疾患があるんじゃないかって言ってるんだよ」
「俺の友達が紹介してくれたんだよ。女性の先生でとっても優しくていい先生だから、大丈夫だよ。悠璃」
「嫌よ」
彼女は首を振る。
「ごめん。黙って余計な事したって思ってる? ただ、悠璃を大事にしたいって思っただけなんだ」
俯く悠璃におでこを引っつけてみた。
「悠璃、嫌ならもう言わないから機嫌直してくれよ。なあ」
「分かった。本当にもう言わない?」
「うん、言わない。行きたくないなら行かなくっていい」
「駿吾、やっぱり私の事好きなの?」
「当り前じゃん、愛してる」
そう言ってキスをした。
「私もよ」
俺達はもう離れられない。互いに運命を分かち合う関係になっていた。