「麝香ーMUSKー」
□第1章 U
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いつもの岩園並木道を通り過ぎ、赤信号で待つ。ただ一軒の配達に先を急いだ。
山村先生の邸宅前を過ぎる。利賀邸のドーベルマンは昼寝中か姿が見えない。
さっさと済ませてしまおうと杜邸を訪れた。
門に触れると開いていた。
薔薇園の中を進む。霧が出てきたようで辺りがぼやけて見える。
立派に装飾されたドアに近付き、そうっと引くと鍵が掛っていなかった。
黙って入るには気が引けるが誰も出て来ないので仕方がない。
「杜さーん。宅急便ですよー、入りますよー」
人気のない御屋敷内へ足を踏み入れる。
勿論、土足であろう。下駄箱など見当たらない。一般庶民には到底理解出来るはずのない世界である。
高い天井から煌びやかなでかいシャンデリアが吊るされ、螺旋階段が二階へと続く。
優美な曲線を意匠した装飾窓は天井から床にまで広く取られ、明るい印象を受ける。
マリーアントワネットでも出て来るのではないかと思えてしまう部屋である。
この豪邸の主人を探す為、隣の部屋に移った。
部屋に入ると行き成り動物の剥製が目に入り、びっくりしてしまった。
鹿にも犬にも見えるが角がなく、鋭い牙を持ち耳が大きい。体長は1mほどで小型だが子供なんだろうか。
他にも鷹らしき剥製が飾られている。
(気味が悪いな…)
多々の装飾品はどれも高価そうだが金色が嫌に目立ち、悪趣味としか言い様がない。
どうやら応接室のようである。
深緑色のビロード地に黄金の輝く飾りが際立つ椅子。それに長椅子と大理石のテーブル。
片隅にアンティークでお洒落な白い電話にも金が施され、まるで不思議の国に迷い込んだアリスの心境になった。
「誰かと思った、この前の宅配便の方ね」
どきん、と心臓が止まりそうになった。
「す、すみません。つい、入り込んでしまって」
そう振り返ると、すぐ後ろにこの前の彼女が立っていた。
何故気配がしなかったのだろうか。
つま先から頭までの全身を眺めた。
否の打ち所のないプロポーションを引き立てるようなワンピース。膝から下はスラリとした脚をみせている。
長身で、まるで女優かモデルのようである。
整った顔立ち、大きな瞳。なんて魅惑的な女性(ひと)なんだ。
先日の出来事を思い出して胸がドキドキしてしまった。
彼女は俺の顔を凝視する。
何か顔についていたのだろうか。思わず顔を擦ってみた。
「あの、ハンコお願いします」
そう言って伝票用紙と変わらないほどの小さな箱を差し出すと、封を開けて中身を出してしまう。
真珠のネックレスとイヤリングが入っていた。
彼女は嬉しそうに手を首の後に回し、ネックレスとイヤリングをつけて俺に尋ねた。
「どう似合う?」
口元に笑みを浮かべて俺の返事を待っている。変わった人だ。
「は、はあ」
今、彼女が身に付けている深紅のワンピースに映え、良く似合っていた。