「麝香ーMUSKー」

□序章
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2005年11月の事だった。

新宿で宝石商を営む渡辺茂樹は、亡くなった実父から相続した店舗で、不景気ながらも何とか実績を上げつつあった。

いつもの様に、妻に見送られ目黒の自宅を愛車で出る。

12坪程の煌びやかな店内に入り、閉店までの時間内に内装と商品のチェックをする。

渡辺はまだ28歳である。

跡取息子だった為、商売人の心得は先代から充分に叩き込まれていた。
チェーン店を増設し拡大したいという野心を抱いている。

宝石の他に貴金属、輸入ブランド品の数々を手がけていた。


 今日は月曜の夕方でありながら、数人の顔馴染である中年女性が店内を訪れていた。

彼女達はうっとりと貴金属に見入っている。

常連客の御機嫌をとるのが社長の任務であった。


 そんな中、派手な身なりの若い女性が宝石を物色しているのが目に入った。


常連客ではない。

黒いサングラスを徐に外し、香水の匂いを漂わせながら高価なショーケースを覗き込んでいる。

(冷やかしか?)

鋭く捕えた渡辺は軽く咳払いをして彼女に近付いた。


「お客様、何かお探しでしょうか?」


 この匂いはムスクだな。それも純度の高い…淫靡な香りだ。
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