「マグノリアの咲く庭」

□4.導 線
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「六人乗ったら違反やけど、しゃーないな。狭いけどちょっと我慢して」

ツードアから座席を倒し、武田以外の四人が後部座席に乗り込む。

大きなランドセルがかさばって満員電車並に窮屈だ。

「この住所やったら山手幹線から行こか、交番見えたら隠れてよ」

隠れる場所なんてないのに、斜めになった体を維持するのに精一杯だった。



 十分程経っただろうか。葉書に書かれた住所の近辺に着いた。

車道沿いにお洒落な店が建ち並び大学生達が喋りながら行き交う。

学生街で有名な岡本の駅前を抜けるとワンルームらしい敷地の狭いマンションが幾つか並んで建っている。

近くに車を停めて葉書を片手に歩いて探してみた。

煉瓦造りのマンション前で武田が足を止めた。
一緒に行動していた僕は葉書の住所と見比べる。

「サンコート岡本って書いてあるけど、ここみたいやで」

彼女が皆を集める。

「うん、間違いないな。二○二号室に沖田って書いてある。二階や」

「よっしゃ、行こ」

 朗を先頭に狭い階段を上がる。
部屋の前に着いた。
表札代わりの紙に手書きで二○二号沖田と書かれていた。

紺色のスチール製ドアの郵便受けに新聞が何冊も乱雑に突っ込まれたままになっている。

躊躇していたが呼び鈴を押してみた。

呼び鈴の音だけが響く。

応答がなかった。
もう一度押してみた。

業を煮やした朗が何回も呼び鈴を押す。
結果は同じだった。

「あかん、やっぱりいてないわ」

森田ががっかりしてうなだれ肩を落とす。

苛立ち感じる朗は眉間に皺を寄せ、唇を噛み締める。
武田は深い溜め息をついた。

暗い表情をした僕等の傍で、丸山が沈黙を破った。

「ねえ見て。この新聞の日付、八月二十八日になってるよ」

ドアの傍に落ちていた新聞紙を拾い上げ見せる。

「八月二十八日? それじゃあ、その日から家に帰ってないって言う事か」

突っ込まれた新聞を引っ張り出し、日付を全部確認した。
日付が飛んでいたがさっきの新聞が一番古い日付だった。

「二十八日って、登校日と違うん?」

 武田が気づいてそう言った。

「原田先生が代わりに来て、沖田先生は急用でお休みですって言ってたよ」

思い出して丸山も話に加わる。

「僕、西瓜食べ過ぎて休んでた」

森田は出っ張った腹を擦りながらテレ笑いする。

「森田はええねん。と言う事は二十八日に先生は別の場所にいて、その場所から学校に休む電話を掛けて、その後何かがあったんや」

「朗、それって沖田先生に何か危険な事があったみたいな言い方やんか」

急に嫌な予感がした。胸騒ぎがする。

「実際そうやろ、そうでなかったら学校にいる筈や」

 朗は落ち着き払ってそう言い切った。
勉強は苦手だが結構勘は鋭かったりする。
そのだけに先生の安否が気遣われる。

連絡する当てもなく、僕等は途方に暮れる。仕方なく武田の母親が待つ車の元へ戻って行った。

車の中で丸山が呟くようにポツリと言った。

「お父さんに聞いてみようかな」

ギュウギュウ詰めになった僕等は声もなく頷いた。

「他の先生に聞いてみたら?」

武田の母親が運転中、バックミラーを覗きながら話し掛ける。
誰も黙ったまま返事をしようとしない。
静寂の時間だけが過ぎて行った。

 翌朝の教室内、丸山は登校して僕と朗の顔を見るなり駆け寄り、小さな声で話し掛けた。
余程気にしていたのだろう。

「昨日あれからお父さんに聞いたんだけど、私に話すような事じゃないって教えてくれなかったの。それでね、先生の事話したら急に怖い顔して、慌てて何処かに電話してたよ」

「それで電話の内容はなんて言うてた?」

朗が真剣な顔をして身を乗り出す。

「沖田がそっちへ行ったのはいつだったかって聞いてたよ。多分、大学の生徒か他の先生だと思うけど」

「丸山のお父さんって、前は東京の城北大学にいてて、五年前に神戸摩耶大学の教授になったんや。沖田先生は教え子っちゅう時か」

朗が自慢げに顎に手を当て言う。
丸山が呆気に取られている。

「どうして知ってるの? 今、言おうとしたのに」

「俺の勘や、と言いたい所やけど実はオカンに聞いたんや。去年の個別懇談の時、先生から聞いたらしい。さすが俺のオカンや」

丸山が僕の耳元で「オカンて何?」と聞く。

「お母さんの事や。前はママって呼んでた癖に。偉そうに」

それを聞いた丸山は、笑いを堪えるのに我慢出来ないようだった。

「聖樹、余計な事言わんでいいで」
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