ブリスグランマ
□いぬの飼われ方
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長次を意識してしまう。授業も休み時間も昼飯も、長次と一言も話してない。ただ目が合わない、話さないというだけなのに、おかしなほど違和感があった。どうしてだか無性に長次にさわりたい。匂いをかぎたい。こんな変態まがいなことしか頭に浮かばなくなる。長次から離れるのなんて簡単だ、と思っていたのに、もしかしたら宇宙で一番難しいのかもしれない。
「少しはこりたか?」
長屋の縁側に腰掛けうつむいていると奥から仙蔵がやってきた。私に一言かけると、横に立ち私を見下ろした。
「…長次にさわりたい」
「何も避けろとは言っていないだろ」
「だって近くにいると、変な気分になる…」
「…本当に発情しているのか」
仙蔵の声は落ち着いている。でも少し驚いて上ずっていた。
「発情、とか解らない。気分がおかしいだけだ…」
今だってただ長次を考えるだけで頭が変なことでいっぱいになる。でも朝、自分で決めたから。長次とやらないって決めたから、それがすごく後ろめたかった。
「…私も今朝は言い過ぎたな」
仙蔵が私の後ろを通り過ぎながら振り向き様に言った。
「これでは長次が可哀相だ」
そのまま仙蔵は廊下を曲がっていってしまった。最初は言葉の意味が分からなかったが、長次が私を待っているんだ、と直感的に思った。急いで廊下を渡り、くまなく長次を探した。ようやく見つけた場所は、やっぱり図書室だった。
背後の気配に気付くのに少し時間がかかった。ゆっくり振り向くと、小平太が珍しく息を上げて立っていた。何も言わないでいると、小平太は俺の手から本を取り上げすぐ横の本棚に突っ込んだ。
「……どうした」
「…っ、ちょ、長次…」
緊張したような面持ちで俺を見上げる。頬が紅潮していた。傾いた太陽の光がそれを柔らかく包んでいる。俺は思わず右手を伸ばした。俺の手の平が頬に触れた瞬間、小平太は一瞬だけ泣きそうな顔をして、それから飛びついてきた。
「私…ずっと、長次に触りたくて…」
背中に回った腕が優しく俺を撫でた。
「でも触ったら、気分が変になって、仙蔵に怒られるから…」
よく意味は分からなかったが、仙蔵からある言葉を事前に聞いていた。