Um romance
□奪い返せ
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『イタちゃんは頂いたで』
そう短く書かれた手紙に目をやったのちに、それを綺麗に畳む。
名無しではあるが文面と見慣れた字体からして差出人は明白だ。向こうもそれを見越して名を書かなかったのだろう。
窓際に立ち、よく手入れされた庭を眺める。明るい陽射しの中で美しい花の上を黄色と白の蝶がひらひらと飛んでいる。
その様子はまるで今自分達が置かれている厳しい情勢が嘘のように長閑であった。
「ついに、ですか‥」
イタリアがスペインに侵略、というより誘拐された。
そろそろだとは思っていたので驚きはしない。
イタリアはただでさえ美しく、肥沃な土地である上、芸術も優れている。
いつの時代もイタリアは魅力的で、自分がイタリアを手に入れた時も多くの競争相手と戦い、やっとの事で彼を手にした。
もちろんフランスやスペイン達がイタリアを欲しがるのは国としての利だけが理由ではないだろう。
麗しく愛らしい容姿、優しく陽気な性格、国という枠無しで彼らはイタリアを求めているのだ。
では自分はどうなのだろう。イタリアの事をどう思っている?
愛しい、とは思う。けれどこの愛が親愛なのか恋愛なのか、オーストリアには分からなかった。
もし親愛ならばイタリアをスペインに渡すべきなのではないのか。
向こうには生き別れた兄弟もいるし、スペインはイタリアをそれはそれは大事にするだろう。
イタリアにとってスペインのものになる事は何も問題はない、むしろ喜ばしいことに違いない。
でも、
「渡したくは、ないですね」
イタリアが自分の所から去るのが、イタリアが他のものの所にいくのが嫌だ。
彼を渡したくない。やすやすと奪われて、なるものか。
イタリアは自分の所にいるべきなのだ。
手の中の手紙を無意識にくしゃりと握った。
独占欲、そう称される胸の中の感情にため息をつく。なんと俗てきな感情だろう。
しかし何故こんなにも自分は彼を手放したくないのか。
ヘタレで食いしん坊で泣き虫ですぐにサボる。イタリアを手元に置いても、メリットもデメリットもどっこいどっこいだ。
ああでも。長く共にいたからだろうか。彼がいない生活が自分には想像出来なかった。
「兵の準備を。ミラノを取り返します」
はっと敬礼をして去る部下の後ろ姿も見届けずに目をつむる。
瞼の裏に映るのは美しく微笑むイタリア。
何故、自分は兵を出すのだろう。
それはイタリアを取り返したいから。
では何故、自分は彼を、取り返したいのだろう。自分はイタリアを愛しているのだろうか。親愛ではなく、恋愛で?
分からない、分からないけれど。
渡したくない、どうしても。
それがどんな理由であろうと、今はイタリアを取り戻すまで。
理由は彼を取り返してから考えればいい。
「では、迅速に奪い返してきますか」
窓から見える庭は今の自分の感情を知ってか知らずか相変わらず長閑であった。
end
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