Um romance

□事実などろくでもないものだ
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来なければ、良かった



今の数時間の間に何度後悔したことか。
この家に来さえしなければ。自分は何も知らずにすんだのに。今まで通り、みんなと仲良く幸せに生きていけたのに。

何故来てしまったのだろう、と後悔してももう遅い。
見てしまった、聞いてしまった、知ってしまった。もう知らなかった頃に後戻りなどできはしない。
暢気にクッキーを焼いたからみんなで食べよう、とはしゃいでいた朝の自分が情けないようなうらやましいような。



ああ、このまま見なかったふりをして帰ることができたなら。明日も明後日も何も知らないふりをして今まで通り生活できたなら。
しかしそんなことできないことは自分がよく分かっている。


少し開いたドアから見えた現実はそんな甘いことを許してくれるほど、生半可なものでは無かった。


覗いた瞬間に息が止まった。
逃げ出すことも飛び込むことも出来なくて、ドアの前に座り込み恐ろしくて悲しくて腹立たしくて信じたくなくてただただ涙がでた。気持ち悪くて何度も吐いた。


ドアを開けてしまえばきっと今見えているものよりもっと残酷な、受け入れがたい光景が広がっているのだろう。
そう考えるとやっと落ち着いて来た思考がまたパニックになりそうになる。きっとこれ以上のを見せられたらきっと自分は発狂してしまう。

いやそれもいいかもしれない。戻ることができないのなら狂ってしまったほうが楽にちがいない。

いっそ今この場で何も見ずに舌を噛み切って死んでしまおうか。

でもどうせ死ぬなら全てを知った後でも遅くない。
ああならば早く。早く事実を知って死んでしまおう。そうじゃないと潰れてしまう。





「日本‥」



ドアを開けて1番に出した声は何とも情けなく掠れていた。先程酷く吐いたせいか喉が荒れ、息をするだけでひりひりと痛む。
真っ赤な部屋の中心で立つ日本の姿は部屋同様、赤黒く染まっていた。

ああやはり見たくなった。この部屋の状況も彼のそんな姿も。

こちらを見て少し驚いたような表情になり次いで呆れたように微笑む。



「イタリア君、来るなら前以て連絡をしてくださればよかったのに。部屋が散らかったままで申し訳ありません。
なにせ、今仕事が終わったばかりなのですよ」



いつも通りの彼の様子と回りの非日常的な様子の食い違いにに目眩をおこす。

もっと、違うものを想像していた。


狂いに狂って上も下も分からない、殺人鬼。


そんな彼を見たくないとは思ったが今の彼のほうがもっと怖い。いつも通り、まるで何もなかったかのようなそんな様子。



「に、ほん‥」



何故、狂ったのでないなら、もし理性がまだあるのだとしたら何故。
どうして。こんな事を。




「    」


ああやはり事実など知らないまま、死んでおけばよかった。

end
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