Un roman
□今が幸せ
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(イタリア・ヴェネチアーノ)
心の中で愛する弟の名を呟く。
イタリア・ヴェネチアーノ。
優しくて、明るくて、真っ直ぐで、人懐こい、俺よりできた自慢の弟の名前。
一緒に育ってきた。場所は違えど、心はいつも一緒だった。悲しみも苦しみも全てを分かち合ってきた。
比喩では無く、本当に。
同じ国という特別な絆のせいか、あいつが泣けばどこにいても俺も悲しくなり、あいつが苦しくなれば俺も苦しくなった。
それは嬉しくもあり、辛くもあった。
あいつの想い人が死んだとき、俺にすら耐えきれないような悲しみが流れ込んできた。
辛いよ、悲しいよ、何で、どうして、愛してたのに、大好きだったのに。
帰ってきてよ、なんでいないの、死んじゃやだよ、愛してるよ
流れ込む感情は激しく、苦しく耐え難いものだった。
彼の感情を感じたからこそ、感情の重さに弟がつぶれてしまうんではないかと危惧した。
「ヴェネチアーノ」
自分しか呼ばない、彼の名を呼ぶ。特別な名前。
俺だけが呼ぶことを赦された彼の名前。
「なーに?」
くるりと振り返ったヴェネチアーノは眩しいぐらいに微笑めていて。
もうあの時のままでは無いのだな、と感じる。
あれから何世紀も経った。
俺達はしっかりと一つの国としての形状を維持し、二人で生きてきた。
まわりの国が死んでいくのも見てきたし、実際に自分たちが手を下したこともある。
その度に辛い気持ちも悲しい気持ちも同じように二人で分け合った。
でもあの時とは、違う。
ヴェネチアーノには枢軸という仲間が出来、一度は俺とも敵となり戦い、今はお互いが依存することなく個々として立っている。
もうあのころとは違うのだ。
「俺達、年くったなぁ」
「やだぁ、兄ちゃん何それ」
花がほころぶように笑うヴェネチアーノにつられ俺も笑った。
end
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