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□好きじゃ無くない
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それを口に入れた途端にイタリアはその端正な眉をぎゅっと寄せた。

ああ予想通り。

三ヶ月前から変わらないその独特、いや舌の痺れるような味についため息をつきそうになった。
なんだ、教え方か。自分の教え方が悪いのか。


舌に広がるのは苦い灰のような味。
ざらざらしていて舌触りも最悪だし、とてつもなく苦い上に所々気持ち悪いほどに甘い砂糖の塊がある。
しかも、香ばしい香りどころか焦げた、いや焦げたを通り越して燃え尽きた苦々しい臭いが鼻をつく。

本来のイギリス菓子の代名詞であるスコーンの面影など微塵もない。むしろこの物体をスコーンと呼ぶ事自体、躊躇われる。


「ど、どうだ?」


きらきらとした瞳で感想を伺うイギリスに心底理解しがたいものを感じる。
この真っ黒で異臭を放つ形を保つ事すら出来ていないほぼ粉末のようになっている物体の感想なんて聞くまでもないではないか。
これが美味しいというならば、フィンランドのあの黒々とした飴も美味しいに分類されるに違いない。


「え、と‥まだ、駄目かな‥」


相当控えめなコメントを必死の作り笑顔で伝えるとそうか、と明らかに落胆した顔。


イギリスにお菓子作りを教えるようになって早三ヶ月。
自分の料理の腕にはそれなりに自信はあるし、教え方だって悪くないと思う。

けれど、一向に上達の兆しの見えないイギリスのスコーンにその自信もなくなりそうだ。

なにがいけないんだろう。
材料の分量は全部イタリアが量っている。作り方だってイタリアの監視の元、しっかりレシピ通りだ。そうだというのにこの有様はなんだ。
一体何が悪くてこうなる。


「その‥ごめんな、イタリア。せっかく来てくれてんのに‥」
「ううん!全然いいよ!こうやってイギリスと話すの楽しいし!」
「そ、そうなのか‥。そっか‥。っべ、別に嬉しくなんか無いんだからなっ」


妙に嬉しそうな照れたような顔をしてイギリスはスコーンもどきを持ってキッチンにひっこんだ。

本当に、嫌ではなかった。
何度失敗してもめげないイギリスの姿は好感が持てたし、彼の入れてくれた美味しい紅茶を飲むのも気に入っていた。

けれど。
本当にそれだけの理由なのだろうか。一人になったリビングで中を見ながら考える。

来るたびに成長しないまずいスコーンを食べさせられるし、自信は喪失するし、イギリスには今まで散々意地悪をされてきたというのに。
よくよく考えてみれば何故自分はここに遊びに来るのだろうか。


「イタリア?どうかしたか?」
「‥っ!」


突然覗き込まれた緑の瞳に息を飲んだ。金色に縁取られたそれに吸い込まれてしまいそうで、ついのけ反る。


「イタリア?」


どきどきと五月蝿い鼓動にうまく思考ができない。
体全体に血が駆け回り、全身がほてっているのが自分でもわかる。

なんだ、これは。
自分は今、どうなってしまっているのだ。



「おいどうかし、」
「ごめん、急用思い出した!」



がたん、と音を立てて勢いよく立ち上がる。

とりあえず、ここにいてはいけない。
真っ赤になっている顔を見られるのも嫌だが多分これはイギリスのせい。
何故だかわからないけど、そんな気がする。いや、絶対そうだ。



「ごめんっまた今度‥」
「ちょっ、待てよ!」
「わっ‥!」


急に腕を引っ張られイギリスの腕の中に倒れ込んだ。
この状況に息を飲む。
ただでさえ五月蝿かった動悸は余計に早くなり全身からぶわっと汗が湧き出した。

慌てて密着した体を引き離そうと腕を突っ張ってみるもいつの間にか腰に回っていたイギリスの腕に阻まれる。



「イ、イギリス!は、離し‥」
「もうちょっと待ってくれ‥今日はその・・お前に言おうと思ってたことがあって・・」
「え?」
「そ、その・・あのだな・・俺は、お前が‥す、好きだ」
「ヴェッ?!」


耳元で囁かれた言葉に耳を疑う。今、イギリスはなんと言った?

好き?誰が何を?

イギリスが、俺を、好き?


不意にがばっと肩を引き離され、真っすぐ目を見つめられる。
目の前の切羽詰まったようなイギリスの顔は見事に真っ赤で。



「そのっ!お、お前が俺の事、すっ好きじゃないことは知ってる‥だけど‥っ」
「好きじゃなくなんかない!」



反射で返事をしていた。その言葉にイギリスが目をぱちくりと瞬かせる。

好きじゃなくない。
好きじゃなかったら、多分こんなに彼の家に遊びになんて来なかったし、心臓もこんなにバクバク言っていなかった。
好きじゃなかったらイギリスの告白がこんなに嬉しいわけがない。

好きじゃなくないではない、違うな。好きなんだイギリスが。



「俺もっイギリスが好きっ!」
「‥‥え?」
「だから、俺も好きだよ」



そうだ、好き。好きなんだ。いつの間にか俺はイギリスのことが好きになってたんだ。

イギリスは俺の言葉が信じられないというようにぴしりと固まり、ついで瞳からボロボロと大粒の涙を零し始めた。


「えっ、ちょっとイギリス?!何で泣いて‥」
「な、泣いてなんかねぇよばかぁ!嬉しすぎてとかじゃねぇからなっ!勘違いすんなよっ!」


渡したハンカチで涙を拭くイギリスにくすりと小さく笑う。

そしてどちらからともなく、冗談みたいに唇を重ねた。


end
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