モシモ・ノ・モノガタリ

□神の力
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その日は、些細だけど、とても嬉しく思ったことが二つもあったのだ。
だから、きっと良い夢が見られる。
なんとなく、そう考えながら目を瞑った。


―――
――――
―――――


『昌浩』

現状を理解できていない頭が、その声だけをしっかりと捉える。
それを分かっているのか、恐らく呆け顔でいるだろうにも関わらず、声は昌浩に尚も語り続けた。

『お前は、自身が化け物であるのか、そう見えてしまうのか…徒人の男に尋ねていたな』

「…それは」

――敏次殿。

『敏次と言ったか』

昌浩の心の声と響く声が一致する。

「…敏次殿は」

徒人なんかじゃない。陰陽師だ。
そう強く言おうとして、昌浩は慌てて口を閉ざした。

『なんだ』

「…」

声からは神気が感じ取れる。独特の威圧的な雰囲気が向けられていた筈なのに。

――なのに、なんで…

相手は明らかに神だと脳では分かっていたのに、何故か反論しようとする自分がいた。

『―――まあ良い』

声が続きを喋りだす。

『その男の答えは、まだまだ半人前のひよっこ、だったな』

可笑しそうに声が笑う。

『実に的を射ているじゃないか…なぁ、半人前のひよっこ陰陽師よ』

皮肉として言われているのがどんな鈍感にでも通じる言い方だった。
思わず心の中でそこまで連続して言わなくても良いだろ、と突っ込みを入れてしまう昌浩を余所に、声はだがな、と今度は語調を強めて言う。

『お前は紛れもなく化け物だ。――それも、人と天狐の子である安倍晴明以上にな』

晴明以上の化け物。昌浩は眉をしかめる。
何故祖父以上なのかは分からないが、血が繋がっているのだから彼が化け物の子だとしたら自分にだってその化け物の片鱗があるのは当然のことだろう。
それは既に知っている。もう確認したし、まだ受け入れてはいないけど認めてもいる。

ただ――今まで普通の人と何ら変わりないと思っていた分、今の自分が周りにどう見られているのか急に不安になってしまって。

結果、先輩である敏次にあんな質問をしたのだった。

―――私は、人間に見えますか?

それに対する答えは確かに陰陽師の自分としては厳しいものだったけれど。
でも、嬉しかった。
「安倍昌浩」はちゃんと人に見えるのだ、と確信できた。
その後、物の怪にも安心できる言葉を言われて、でもそれに関してはまた別の意味で安心もできたのだが、結局は嬉しくて。

――久しぶりに肩に感じたあの重みは、本当に泣きそうになるほど嬉しかった。

「…そうですね」

俺は、確かに化け物です。

誰が何と言おうと、この身には神にも通ずる妖―天狐の血が僅かだけれども流れている。
昌浩はそのことを考えながら言ったのだが、声の方はどうやら別のことを指していたようで、即座に違うと否定した。

『そんな生易しいものではない』

「は?」

ならば何なのだ。
おおよそ神に対するにしては酷過ぎる態度で昌浩は疑問符を上げる。

『昌浩。お前は、大きな勘違いをしている』

「何を――」

『水鏡を見てみろ』

水鏡。

――そんなもの、何処に…

不思議に思った矢先、昌浩の目の前に等身大の水鏡が現れる。
それは、当然と言えば当然だが、正面にいる対象を嘘偽りなく映し出しており。

「っ、―――!?」

昌浩は瞠目した。
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