スペシャルスイーツ
□BO cocktail(哲蓉/甘々/相互記念)
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ー BO cocktail ー
外から聞こえる忙しい足音。
時刻は10時を少し回ったくらいだ。
時計に視線を向けたのと同時に、チャイム音が鳴る。
………来た。
足早に玄関へ向かい、ドア開ける。
扉の向こうに立っている相手は、少し息が上がっていた。
急ぐことはなかったのに、律儀なところもこの男の良い所。
「遅くなって、悪い」
「いや、無理言って頼んだんだ。気にするなよ」
テスト週間に入る前の金曜日。
テストが始まる前に、どうしても一度確認しておきたい箇所があった。
申し訳ないと思いつつも、バイト後に無理矢理時間を作って貰ったのだ。
彼が詫びる必要はない。
寧ろ、自分の方が非礼を詫びるべきだろう。
そのまま待つのも気が引けたので、仕事後直ぐ来てくれたから食事も取れていないだろうと、大した物ではないが準備しておいた。
確認して貰うのは食べ終わってからで十分だ。
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ぱらぱら、と書き綴ったノートを残さず目を通していく。
問題のページに行き着いてから少し経った。
どうなのか聞きたいものの、気を散らしては悪いと思い、黙って城沼の様子を伺う。
視線が、ノートから離れた。
「今回は前より出来てるから、大丈夫だと思う」
「そうか……ありがとう、助かった」
前回、登校復帰して間もなかったのもあってか、結果はそこまで芳しいものではなかった。
元々、理系の成績はあまり良いものはないが、城沼に教えて貰うようになってから見違えるように成績が伸びたのは言うまでもない。
教え方が上手く、辛抱強く丁寧に教えてくれるから理解もしやすい。
バーテンより、家庭教師をする方が健全なバイトとして向いてるかもしれない、なんて思う。
先ほどの緊張も解け、安堵の表情を浮かべる。
(また、だ)
ふと、横のいる城沼から微かに香る匂い。
「……何時も気になってたけど、城沼って香水付けてるんだな」
「身だしなみだから、って店長が」
普段の城沼の匂いも好きだが、こういうのも割と好きだったりする。
何時もと違った彼を感じられるようで………と、言うのは気恥ずかしいから言えないが。
「付けないのか」
「嫌いじゃないけど……そう言うのは、あまり」
疎く、あまり興味がなかったのもあった為だろう。
逆に、睦なんかは凝っていて、何種類か気分で付けるものを変えている。
城沼は、少し意外に感じるが、周囲からのイメージでは含まれているのかもしれない。
じっと見ていたせいか、匂いの発信源だろう、腕を差し出した。
顔を近づけ、嗅いでみる。
甘い訳でもなく、きつくもない。
だからと言って目立たないわけでもなく、何処か洗練された色香のように感じた。
顔を上げようとした時、今度は違う匂いが鼻を擽る。
酷く甘ったるい、女物の匂い。
バイトがバイトなだけに、女性客と会話を交わす事もあるのだろう。
それを面白くない、なんて思う自分に少し、嫌悪を抱いた。
「付けてみるか」
唐突に城沼から提案される。
どうやら思案しているのを、関心として受け取ったらしい。
鞄から取り出したのは、有名ブランドの箱。
箱から出された小瓶には、透明な液体がたっぷりと詰まっている。
試しに、と軽く腕に降りかけ、擦り合わせてみた。
ふわっ、と香る匂い。
「……少し、城沼のと違う気がする」
嗅ぎ比べてみると、やはりどこか違う。
表現しにくいが、なんと言うか、微妙に自分の方が甘い気がした。
「香水は付ける人の体臭と時間で変わる。だから、同じ香水をつけても同じ匂いにはならないんだ」
「そうなのか?」
同じなのに、少し残念に思う。
表現しにくいが、なんと言うか、微妙に自分の方が甘い気がした。
自分の匂いの善し悪しは分からないが、やはり、城沼の匂いの方が好きだ。
「俺は好きだけど」
吐き出された言葉と共に腕を取られ、先ほど匂いを降りかけた部分に顔を近づける。
そして、そのまま口付けを落とす。
ぴり、とした感電とも痛覚とも捉えるようなものが、熱を持って腕を走る。
「城沼……っ」
「けど、」
腕から口を離し、今度は身体全身を引き寄せるように引っ張られた。
肩に頭を埋め、小さく呟く。
「やっぱり、普段のお前が良い」
抱きしめられる力と、言われた言葉に胸が圧迫されるような感覚に囚われた。
香水ではなく、城沼の匂いが鼻を擽る。
―――ああ、落ち着く。
同じ匂いを共有したこと。
ほんの少し、嬉しく思った。
視線を上げ、掛け時計を見れば、最終の発車時刻を回っている。
「……終電、過ぎたな」
「帰るのは、明日でいいか?」
………そんなの、わざわざ聞かなくても分かってるだろ。
名残惜しいほど、この匂いが恋しいと思う。
だけど、やはり自分は城沼の元々の匂いが好きだ。