忘れ去られたサイヤ人

□忘れ去られたサイヤ人 1
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しかし、多くのサイヤ人にとって、ターブルは目障りだった。
そこに王が出した命令は、ターブルを辺境の星に送ることだった。

「お待ちください、ベジータ王!」
その命令は本人より先に、側近であるリークに伝えられた。
「なんだ?」
一方的に伝えて、去ろうとした王は振り向いた。
「何か異論があるのか?」
「その…。ターブル様だと星に送っても、そこの住人を絶滅させるのは難しいと思うのですが…」
戦闘力の有無というより、ターブルは守備的な戦い方をする。そうでなくても彼の性格では、侵略は無理だ。下手をすれば、逆にターブル自身が…。
「それがどうした?」
王は小馬鹿にしたように笑った。
「え…」
「あいつが何処で死のうが、関係ない。あれではこのまま此処にいても、何の役にもたたん。星に送って殺されたのなら、それまでの奴だったというだけだ」
「………」
「この惑星ベジータは、保育施設ではない。あんな役にもたたん奴を、いつまでも置いておくつもりはない」
ベジータ王は眉間に皺を寄せた。
リークは拳を握り締めた。
このままターブルを心苦しいこの場所に置いておくのも、酷とは思っていたが、まさかこうなるとは…!
「手筈が整い次第、つまみ出せ」
王は表情変えずに言い放った。
リークは歯を食い縛ってから、口を開いた。
「…送り先の惑星は、私に選ばせてください」
「好きにしろ」
振り返り際に言ったため、王の表情は見えなかったが、見下しているのは解った。



ベジータ王が玉座の間に戻ると、玉座にはフリーザが座っていた。
王は気付かれない程度に、怒りを抑えるために歯を食い縛った。
「聞きましたよ」
フリーザは王が近付くのを待つと、口を開いた。
相変わらず、口元に余裕の笑みが浮かんでいる。
「貴方の息子さん。辺境送りにしたんですってね」
「……あんな奴、此処に置いてても何の意味もありませんから」
王は苦虫を噛んだような顔のままだった。
「別にそこまでしなくとも良かったでしょうが。あの子のサイヤ人らしからぬ性格を見ているのは、なかなか楽しかったのに」
「………」
「しかし、子猿一匹が宇宙の果てに飛ばされようとも、私は構いませんからね」
王は最初よりも強い力を顎に込めた。
「……話は変わりますが。もう一人の王子、兄の方なんですが」
フリーザは面白そうに王を見た。
「彼の方は才能があるようですね。私も彼には期待しているのですよ」
冷酷なフリーザの眼の奥に、何かがちらついた。



「あなたが送られる惑星の大半は生物の住める環境ではないため、フリーザ様達が目を付けることもないでしょう。けれど、街は在りますし、住人は戦闘向けの人種ではありません」
これがリークの見つけた星だ。
侵略目的ではないのだからと、平凡な星を見付けたのだ。
今、それをターブルに話していた。
ターブルは特に表情を大きく変えることなく、話を聞いていた。
まだ幼いのだから、自分が追放という形で送り出されることには気付いていないのだろう。
「じゃあ…」
リークはターブルの声に顔を上げた。
「もう兄さんとは、会えないんだね」
リークは息を飲んだ。
ターブルは解っていたのだ。
自分は此処にいるべきではない。此処にずっと居ることは出来ないと。
リークはターブルを不憫に思った。
不憫?
可愛そうだと?
情が芽生えたというのか。ずっと見てきたこの少年に……。
エリート戦士である自分が、何故こんな下級戦士のような王族に仕えなければならないと思ったこともあった。いっそのこと、訓練の時にポックリ逝ってしまえば、自分は 再び前線で戦えたというのに…そう思ったこともあった。
今まさにターブルが自分の手から放れる時が来たというのに、心晴れるものは浮かんで来なかった。
リークは片手で顔を覆った。
「リーク」
ターブルがそれに気付いて駆け寄り、小さな手を彼の膝に当てた。
「泣いてるの?」
リークは首を振った。
涙は出ていない。
しかし、やけに頭の中がモヤモヤした。
結局、リークはそれ以上ターブルに言葉をやることが出来なかった。
サイヤ人は『優しい言葉』を知らなかったからだ。



赤い星である惑星ベジータが、夜の闇に包まれた。
次に陽が昇ったとき、ターブルは此処から別の星に送られる。
そんな出発前夜。ターブルはベジータの部屋の前に立っていた。
眠ることなんて、出来なかった。
けれど、自分からこのドアを叩くことも、声をかけることも出来なかった。
それなのに何故此処に来たのだろう…?
じっとドアを見詰めていたら、突然内側から開かれた。
「うわっ!?」
ターブルはびっくりして、思わず後ろに後退りした。
開けたのはもちろん、兄だった。
ベジータの着けているスカウターはターブルをすでにロックしていた。
「何のつもりだ? さっきから此処に突っ立って」
不機嫌さが声からも伝わっていた。
「に、兄さん…あのぼく明日…」
「ああ、それなら聞いている」
ベジータの口の端が上がった。
「辺境の星に追いやられるんだってな。これでやっと貴様の顔を見なくてすむ」
ターブルは眉を下げて寄せた。
やっぱり兄さんは、ぼくのこと嫌いなんだ。
それは今に解ったことではなかったが、そのことを解った昔から……。
「兄さん」
ターブルは兄に近付いた。
そして、いつも威厳と自信に満ち溢れたその顔を見上げた。
「ぼく…ぼくはずっと兄さんのこと、大好きでした!」
どんなに相手にされなくても、どんなに酷いことを言われても。ターブルはずっとベジータを誇りに思い、強く憧れていた。
「だから何だ?」
表情を変えずに口を開いた兄の言葉に、ターブルは瞬きをした。
「オレは貴様のことを、目障りな奴としか見ていない。親父が辺境送りにとどめたのが、不思議でならないくらいだ」
ターブルは意志に反して、涙が溜まってきた。
そんなターブルを見たベジータは、短く鼻で笑った。
「貴様にお似合いの惨めな星で、のたれ死んでいればいい」
ターブルの反応も見ず、ベジータはドアを閉めた。
涙が頬を伝ったターブルだったが、このまま此処に居るわけにもいかず、歩き出した。
あそこまで言われたというのに、やはりターブルは兄を嫌うことが出来なかった。
離れたくなかった。
今でもそう強く感じた。



翌日、宇宙船発射施設には、ターブルが乗るためのアタックボールが彼を待っていた。
いくら王族とはいえ、辺境送りにされるターブルに見送りなど付くはずがなかった。
けれど、リークだけは此処に来てくれた。
「…ターブル様」
ターブルは振り向いて、リークを見上げた。
「もし、私があの事件を起こしていなかったら…こんなことには……」
ターブルが強く頭を打った事件は、ターブル自身も聞いていた。
ターブルは首を振った。
「いいよ。リーク…いままでありがとう」
ターブルはポットに乗り込んだ。
入口が閉まっても、ガラス越しにリークが目を放さないでいることは解った。
ターブルはぎこちなく、微笑んで見せた。
起動音が響くと、ポットは一気に上空した。
もうここに帰ることは出来ないんだ。
そう思い、ターブルは離れていく地上を見た。
そして、赤い大地の上の小さな人影に目を吸い寄せられた。
「っ!!」
ターブルは目を疑ったが、自分が彼のことを見間違うはずがないことは解っていた。
ベジータだった。
野外訓練の途中なのか、何故そこに居たのかは解らなかったが、ベジータは上空を、こちらを見ていた。
ベジータが今飛んでいるアタックボールにターブルが乗っていることを知っていたのかも解らなかったが、確かにこちらを見ていた。
ただの気紛れだったかもしれない。
けれど、ターブルは溢れてくるものを抑えれなかった。

「兄さぁぁ――――ん!!!」

ポットはすでに大気圏を抜け、暗い宇宙空間に出ていた。
暗く広い宇宙の中で、ターブルの泣き叫ぶ声を聞いた者は居なかった。




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