忘れ去られたサイヤ人

□塗り替えられた想い
1ページ/5ページ

弟が産まれた。
「ベジータ王子、弟のターブル王子ですよ」
そう言って目の前に屈んだ侍女の腕には、なにやら小さい人間が眠っていた。
それが先ほど産まれたというオレの弟らしい。
しかし、これが家族と言われても、こっちとしては正真正銘これが初対面のため、感覚としては他人よりも付き合いの浅い奴だ。
ベジータはターブルと名付けられた赤ん坊を覗き込んだ。
目すら開けていないその生き物は、自分よりもずっとずっと小さかった。手なんて自分の指ほどの大きさだ。こんなふにょふにょとした短い手足が、本当に攻撃をくりだすようになるのだろうか?
「すぐにあなたと同じように戦えますよ」
侍女の言う『すぐ』がいつなのかはわからなかったが、ベジータはこの小さな弟の成長に興味を持った。




それから数ヶ月経った。
ベジータはその日の訓練を早々に終わらし、弟の部屋にノックもしないで入った。
「ベジータ王子」
ベジータに振り向いたのは弟の側近兼世話係のリークだった。
ターブルはひとり座って宇宙船の形をした玩具をいじっていた。
「ターブルは少しは成長したか?」
「ご覧の通り、やっと首が座り、ひとりで座れるようになりました」
「…それだけか?」
「そうつまらない顔をしないでくださいよ。それでもサイヤ人の成長ですから、速いほうなんですよ」
「これではまだ戦えないだろうが」
「それはそうですが」
バキッ!
二人が音に反応して振り向くと、ターブルは宇宙船の玩具を真っ二つに壊していた。
「あ! また壊した! だからサイヤ人の赤ん坊にオモチャなんかいらないって言ったのに…」
ぶつぶつ言いながら、リークは壊された破片を拾い始めた。
ベジータもターブルの近くに屈んだ。
ターブルは自分が壊した玩具の一部をそのまま持っていて、それをじっと見ていたと思ったら、おもむろにその破片を口に運ぼうとしていた。
「食うな。そんなもん」
ベジータはそれを取り上げた。
ターブルは大きな目でベジータを見上げてきた。
その視線を受け取ると、ベジータはまだ柔らかい黒い髪を撫でた。
はやく大きくなれ。そして、一緒に戦おう。




さらに数ヶ月がたった。
ベジータは遠征から帰ってきたところだった。
報告等はナッパに任し、ベジータはターブルのところに行こうとしていた。
せめて立って歩けるようにはなっただろうか。
ターブルの部屋に向かっている時に、ひとりの男に呼び止められた。
「なんだ!?」
ベジータは眉を寄せて振り向いた。
「ターブル様なら、部屋には居ません」
「なに? じゃあ、どこに居るんだ!?」
「それが…」
男は言いよどんでから、話始めた。
それを聞いたベジータは目を見開いた。

ターブルは上階の窓から落下し、頭を打ってメディカルルームに運ばれたという。

ベジータは全力でメディカルルームに走った。
そして自動で開くドアをじれったそうに蹴り開けた。
「ターブル!!」
小さな弟は、目を閉じてベッドに寝かされていた。
ベジータはその側に駆け寄った。
生きてはいる。それはすぐにわかった。
しかし、ピクリとも動かない。
「ターブルはどうなんだ!?」
ベジータはドクターを睨んだ。
ベジータの形相にびくつきながらも、ドクターは話始めた。
「外傷の治療は全て終わりました。しかし、意識が戻っていない状態です」
「いつ戻るんだ!?」
「我々からは、なんとも…」
それじゃあ、それじゃあ…。戻らない可能性もあるというのか!?
ベジータは足元がぐらついた。
そのとき、視界の端に青くなっているリークを見た。
「キサマ…」
ベジータは勢いよく踏み込むと、飛び上がってリークの胸ぐらを掴んだ。
「キサマ! 一体何をしていたんだ!?」
「も、申し訳ありません…。ほんの一瞬目を離した隙に…」
リークは、ベジータの子どもとは思えない迫力に畏縮していた。
「もしこのまま、ターブルが目を覚まさなかったら…」
ベジータは手に力を入れ、リークは息を飲んだ。
「ベジータ王子!」
ターブルを覗いていたドクターが叫び、ベジータはリークを投げ出してターブルの枕元に飛んだ。
ターブルの瞼が震えていた。
「ターブル!」
ベジータが呼ぶと、ターブルはベジータに首を向けて目を開けた。
ベジータは体が痺れるくらい、一気に温かくなった。
そして、なりふり構わずにターブルの頭を抱き込んだ。
「ターブル…」
良かった……。
吐く息に混ぜて、誰にも聞き取れないくらい小さく囁いた。
体を起こして、弟の顔を見た。
まだ言葉を話すこともできないターブルは、ただ大きな目でベジータを真っ直ぐ見ていた。
その顔が、先ほどまで重体だった者の表情に見えず、ベジータは見つめながら顔を緩めた。
――顔の筋肉が緩むなんて、初めての感覚だった――
「ベジータ王子」
スカウターを見ていたドクターが遠慮がちに声をかけてきた。
ベジータは振り向いた。――顔はもう、いつもの表情に戻っていた――
「ターブル様の戦闘力なのですが……愕然と下がりきっています」
「なに!?」
それに過敏に反応したのは、リークの方だった。
「これでは、まるで下級戦士の子どもレベルです」
「そんな…」
リークはまた青ざめた。
ターブルの力が落ちたのは、間違いなく頭を打った事故のせいだ。有望な血筋の子を駄目にしてしまった。
リークは今度こそ王に、いやベジータ王子に自分は始末されると思い、絶望した。
「それがどうした」
しかし、ベジータ王子から発せられた声は、ずっと静かなものだった。
「そんなもの、関係ない」
「しかし、サイヤ人の第二王子である者がこのような戦闘力では」
「関係ないと言ってるだろうが!!」
いきなり怒鳴ったせいで、ターブルがビクッと体を震わせて目を見開いているのに気付くと、ベジータはハッと我に戻り、ターブルを抱きしめた。
「…こいつの戦闘力なんて、どうでもいい」
今度は抑えた声で喋った。
「しかし…」
口を開いたリークだったが、ベジータに睨まれ、喉を詰まらせた。
ベジータ自身も奇妙には感じていた。あれほどこの弟と一緒に戦うことを楽しみにしていたというのに。
しかし、今言ったことが本心だということは解っていた。
このままずっとオレの側に居ろ。お前が戦えないというのなら、オレがその分まで強くなる!!
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ