忘れ去られたサイヤ人

□甘い優しさ
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惑星ベジータに朝日が登るなか、ひとりのサイヤ人が目を覚ました。
エリート階級のひとり、リークだ。
彼は習慣のままに起き上がった。
さっさと自分の身仕度を済まして、ターブル王子を起こしに行かないと……。
しかし、顔を洗い終わったときに思い出し、リークは洗面台に両手をついた。
そうだ。ターブルはもうこの星に居ないのだった。
王の命令で、ターブルが辺境の星に追いやられたのは、昨日のことだった。
何故かターブルのことを思い出すと、口の中に甘い味が蘇った。


「よう。リーク」
城内を歩いていると、ナッパに声をかけられ、リークは足を止めた。
ナッパとは仕える相手が違うとはいえ『王子の側近同士』として、それなりに親しくあった。
「ナッパ、お前ひとりか? ベジータ王子はどうした?」
「特別室で、特訓中さ」
ナッパは廊下の先を親指で指した。
「手頃なエリート戦士達を相手にな」
「そうか…」
リークはわずかに笑った。
あの王子の特訓に付き合わされたら、その戦士達もレベルアップはするだろう。死にかけた後にな。
「ところで、お前ターブルが居なくなって、これからどうするんだ?」
ナッパは顎を上げるように、首を傾げた。
「王の側近のひとりになった」
ターブルがいなくなり、リークのターブルの側近という役割はもう必要なくなった。その後、すぐに王の側近という役柄を与えられた。王ともなれば、側近は一人ではない。
「なんかそれ、むしろ昇進してねぇか?」
ナッパの眉が上がった。
「なめるな。あの出来損ないの王子の側近をやらされていたから、低くみられがちだったが、オレだって元々は上級エリート戦士だ。当然の役職がやっときたんだよ」
リークはナッパに笑ってみせた。
「そういや……そうだったな」
しかしナッパは不満気な表情を変えなかった。
「むくれるな。ベジータ王子が王位を継いだときには、お前が王の一番の側近になれるんだぞ」
「それも、そうだな」
未来を想像したのか、ナッパは笑みを浮かべた。
リークは小さく鼻で笑った。
本当にこいつは強さこそあるが、単細胞な奴だ。
話を終え、リークは青いマントを翻して再び歩き出した。


第二王子がいなくなったというのに、惑星ベジータは何も変わらなかった。
そんな中、サイヤ人をも支配するフリーザが、ベジータ王子に目をつけた。
王子を自分直属の部下にせよと言ってきたのだ。
ふいに王座に現れたフリーザが王にそのことを急かした。
「心配しなくても、可愛がってあげますよ」
顔をしかめたベジータ王に言い、フリーザは笑いながら去っていった。
王座の近くにいたリークは、王に近付いた。
「ベジータ王。本当に王子をフリーザの元に、お送りになられるのですか?」
今のフリーザの言葉は、決して言葉通りではない。誰が聞いても、明らかだった。
しかしベジータ王はしかめた顔のまま、答えた。
「ああ」
「しかし、それでは王子の命が……!」
「息子のことなど、どうでもいい!!」
「!!」
王の言葉に、リークは息が詰まった。
王はフリーザを罵る言葉を続けた。
「ベ、ベジータ王っ!」
非難するリークを、王は無視した。
そしてフリーザの悪態を吐き捨てると、マントを翻した。
リークは頭の中がカチンと固くなった気がした。
あの王は…っ!!
さすがは、すでに息子のひとりを追いやった経験のある御方だ。さらに正統後継者である第一王子までも切り捨てるか!!
奥歯と拳に力を入れた。
オレは決して、自分に息子が出来ても、ああいう父親にだけはならない!
ひとり決意してから、自嘲気味に口を上げた。
我らの王を、反面教師にするとは……。
だが、ベジータ王の態度が正しいとは、とうてい思えなかった。
しかし、だとしたらどうしたらいいのだろうか…?
自分は、ターブルにどう接したらよかったのだろうか…?
また、口の中に甘い味がした。


後日。
王はフリーザへの反乱を決意した。
極秘にエリート戦士達を集め、フリーザのところに乗り込むようだ。
エリート階級であったリークにも、声はかかってきた。
しかし、リークはそれを断った。
「なんでだよ!?」
誘ってきた男は、信じられないとばかりに声を大きくさせた。
「悪いが、その話には気が乗らないんだ」
リークの眼は、どこかうつろ気味だった。
「はっ! お前、怯えてるのかよ?」
「………」
自信溢れる男に、リークは静かな視線を向けた。
男はリークの視線を読み取ろうとはしなかった。
「そんな弱腰じゃあ、オレらサイヤ人が天下を取っても、お前は除外されちまうぞ。それこそ、ターブルのようにな」
男は自分の言葉が拙作と思ったのか、笑い上げていた。
わずかに笑い返してから、リークはその場を去った。
解ってないな、お前は。あの王がフリーザに勝てるわけがない。
リークは確信していた。


自室に戻ったリークは、ベッドに倒れ込むとため息を吐いた。
いつも自分は部屋に戻ると、ため息をついている気がした。
ターブルに仕えているときは、常にため息をついていたほどだ。
ターブルさえいなくなれば、ため息なんてつかなくなると思っていたのに。
口の中に甘い味が広がり、突然リークはこの味の記憶を思い出した。


ターブルがまだ惑星に居た頃、リークはターブルの情けなさに毎日頭を痛めていた。
溜まっていく不満のため、だんだんとターブルの目の前でため息をついていたほどだ。
さすがにターブルもそんなリークに気付いた。
リークがため息をつくと近寄り、膝に小さな手を当ててきて、顔を覗き込んできた。
「リーク、どこか痛いの?」
幼い顔を心配で歪めていた。
「疲れてるの? 具合悪いの?」
オレの心配をする暇があるなら、一桁でも自分の戦闘力を上げてろ!
そう思ったが、さすがに王族に面と向かってそう言うことは出来なかった。
「お気になさらずに」
少し刺のある言い方をした。
自室に戻ったリークは、盛大なため息をついてから休んだ。
しかし、しばらくすると、ドアの低い位置からノックの音が響いた。
「リークー」
ドアの向こうから聞こえる声は、間違えようのないターブルのものだった。
やっと頭痛の種から離れられたと思ったのに、そっちから来るか!
しかし、側近という身のため、無視することもできない。
リークは乱暴に立ち上がると、ドアを開けた。
「なんでしょうか?」
八つ当たりしたい気持ちを押し込めながら言った。
「これ」
ターブルは濃いピンク色のものをリークに差し上げてきた。
何かと受け取り、改めて見てリークは仰天した。
それは果物だった。
しかし普通の果物とは、わけが違う。サイヤ人が支配した星のひとつで採れる珍しい果物だ。どんな食料よりも栄養価の高い実だが、年に数個しか採れないため、王族のみが食べることを許されていた。
「ぼく用のだったから、ちょっと小さめなんだけど……」
ターブルは恥ずかしそうに呟いた。
第二王子ともなれば、割り当てられるものも若干質が落ちる。
「リークにあげるね」
にこぉと顔をほころばせた。
「だから、元気になってね」
普通の人間ならば、ターブルのいじらしさに心打たれるかもしれない。
しかしこのときリークは(馬鹿か、この王子は?)とターブルを見下した。
戦うことを第一にし、それにしか関心のないサイヤ人に、ターブルの行動は理解出来なかった。
ターブルには呆れたものの、この果物は自分の身分では一生口に出来ないくらい珍しいものだ。くれると言うなら、貰っておこうと思った。
「…ありがとうございます。ターブル様」
いまいち感情のこもっていない言い方をしたが、ターブルは微笑んだ。
「もう休みたいので、今日はこれでよろしいでしょうか?」
「うん。おやすみ、リーク」
ターブルは素直に信じ、部屋に戻っていった。
再び座ったリークは、果物にかぶりついた。
その果物は、とてつもなく甘かった。


甘い果物の味が、甘い性格のターブルと見事に連鎖したのだろう。どこまでも甘く、情けない奴だった。
「………」
ベッドに仰向けになりながら、リークは目を閉じた。
いや、違う。あの甘さは…あの甘さが、優しさというものなのだろう。
情けないと言われ続けていたターブルだったが、本当は誰よりも『情け』というものを解っていたのかもしれない。
リークは、今度は細いため息をついた。
今、ようやくターブルのことが本当に見えた気がした。
サイヤ人の異端児と言われていたターブル。その正体はなんてことない、ただの優しい子どもだったのだ。
「…………」
閉じた瞼の上に、腕をかざした。
あの子は今、どうしているのだろう。
ターブルにもスカウターは持たせた。やろうと思えば、通信は出来る。
ちらりと横目で棚に置いたスカウターを見たが、すぐに視線をそらした。
今さら、ターブルに伝える言葉なんて思い付かなかった。



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