ヒバツナ

□忘れられない子 *
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あれは確か五才くらいの時。まだ僕にはトンファー二本は重すぎて、でも持ち歩いていたあの頃。
案の定、片方だけ地面に転がり、タイミングをはかったようにあの子がそれにつまずいたんだ。
べちゃり、と漫画のような効果音が聞こえてきそうな転び方だった。泣いたら面倒だな、と冷めた感情で見やれば、意外にもにっこりと無邪気に笑って、僕のトンファーを持ち上げた。
ふらふらとよたつきながらも。


「はい、おとしたよ」


何て馬鹿なんだろう。と最初思った。だけど、その本当に邪気のない表情に何故か魅入られた。


「だいじなものでしょ? ずっといっしょにいてあげないと」


ね?
と首を傾げるその様はまるでアイドル気取りの女の子。でも、嫌味じゃなかった。
無言でトンファーを受け取るともう一度にっこりと笑って、彼女は走って何処かに行ってしまった。

たったそれだけのこと。
それなのに、離れない。
忘れられないんだ、あの子のことが。










気付けば外は既に赤みが射していた。やりかけの仕事を溜め息をつきながら端に追いやり、恭弥は立ち上がる。
そろそろ巡回の時間だ、と心の中で呟き、憂さ晴らしへと向かう。
外からはまだ部活をする生徒の声が聞こえた。恭弥にとってそれすらも不快にしかないのだが、とりあえずは他の標的を探す。


「……………………」


けれど、その前に行き倒れを見つけた。





 
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