[遙か]淡恋-あわこい-


□森々たる参道 (知望)
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一刻ほどの酷い夕立の後、熊野を覆っていた黒雲は跡形もなく消えていた。
辺りを夏至の近づく眩しい光が、何事もなかったかのようにぬかるんだ地面を乾かしている。
そして、葉隠れしていた油蝉がジリジリジリと再び鳴き始め、望美は束の間の冷えた空気から引き戻された。

たった今まで、目の前にあの男がいた。
神社の境内の軒下、柱にもたれている彼の姿は、大粒の雨の景色に溶け込んでいるようで声をかけられなかった。
彼の伏せられた瞳が開き、こちらを振り向く様は、映画のワンシーンを見ているようで、自分は言葉を失ってしまったのだ。

何度も何度も見たこのシーンに、また、魅せられていた。
いつからだったか最初に伝えた言葉は、決まり文句になった。

――また、逢えた、と

敵であるはずの平家の将に、こんなにも執着しているのは何故なのか。
それは愛とか恋とか、そんな生易しいものじゃない。
だいたい、戦いに生を見出すような狂人に顔だけで惹かれたとか、自分はそこまでマヌケじゃない。
これまで生きてきた短い人生の中では、この思いを表す言葉が見つからなかった。
ただ一つ近いと言えば、それは『執着』のみ。

自分は彼の何に執着しているんだろうか。
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