骸雲小説2

□背中ごしの微熱
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自転車に跨がると、頬をふわりと風が撫でていった。


「これ、本当に大丈夫?」


雲雀君が僕の背中にぎゅっと抱き付いたまま怖々と尋ねる。
その様子が可愛らしくて少し揺らせば、「わっ」と声を上げて僕の体に回した腕の力を一層強くした。
しがみついたまま、上目遣いに鋭い視線を投げ付けたけれど、僕が笑いかけると途端に頬を赤く染めた。


「行きますよっ」


そう言った瞬間、地面を強く蹴って足をペダルから離してブレーキを軽く握ったまま坂道をスピードに任せて走り降りた。


「骸、骸、速い…!」


勢いがついた自転車の側を流れる風は、怯えた雲雀君の声も後ろへと流して行く。
耳元で熱を帯びた風がうなりをあげて過ぎて行く。
不意に叫び出したくなった。
背中の温かな体温が愛しすぎて、これからの未来があまりにも幸せすぎて。


「雲雀君、好きです!」


「え、何聞こえない!」


余裕のない雲雀君の声が聞こえたけれど、僕は口許に笑みを浮かべただけで返事をしなかった。


「もう少しゆっくりにしてよ!」


自転車が揺れる度に小さく叫び声をあげる雲雀君が可愛いらしくて、ふざけて大きく揺らすと背中を強く叩かれた。25の、もう立派な大人がこうして自転車に二人乗りをしているなんておかしいだろう。
でも自転車に二人乗りをすると雲雀君が怯えて僕にしがみつくから、それが嬉しくて免許は持っていても車は買わないと僕は決めている。


「空が青いですね」


小さく呟いた声は僕の背中に頬を付けた雲雀君に届いたらしく、「ん」と返事がまた背中を伝って響いてくる。
僕が好きな季節はもちろん桜の下で雲雀君と出会った春だけど、こんなに空が青いと清々しくて夏もなかなか好きだ、と思った。



「ほら、着きましたよ」


下り坂の終着点には大きなモデルルームの展示場が広がっている。
きゅっと駐輪場に自転車を停めると、雲雀君はほっと溜め息を漏らした。


「いつまで経っても骸の自転車には慣れないよ」


「そういう雲雀君だってバイクの運転めちゃめちゃじゃないですか」


そう言ってふざけて頬を軽くつつけば、雲雀君はへこんだ頬のままふん、とそっぽを向いた。


「いい家があるといいですね」


僕の声に、そっぽを向いたままの雲雀君は小さな声で返事を返した。
今年、僕らは今まで住んでいたアパートを引き払って家を建てることに決めた。
大きな家にこだわる雲雀君とベッドルームは一つを主張する僕は対立したけれど、結局キングサイズのベッドを一つ買うことでお互い妥協した。

記憶喪失になってからの雲雀君はとても柔らかくなったと僕は思う。
よく笑うようになった。
ネコのように目を少し細めて柔らかく笑う雲雀君が、僕はもっと好きになった。
雲雀君は一瞬一瞬を大切に生きている、と。
そう感じさせる笑い方だから。




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