骸雲小説2

□耳元で囁くのは
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「お疲れ様でした」


そう言うと、僕は椅子の上のバックを掴み、夕暮れの校舎の中を全速力で駆け抜ける。

「約束より三十分も遅れてしまいました…!」

渋る雲雀君に何度も何度もしつこく頼み込んで、やっと説得して帰りにデートする約束を取り付けたというのに。
短気な雲雀君はもしかしたらもう帰ってしまったかもしれない、そう思うと会議が長引いたことに無性に腹が立った。

三階まで一気に廊下を駆け上がり、息を整えてまた走り出す。
僕の緩んだ口元は雲雀君、雲雀君、と名前を何度も繰り返し呟く。


早く、逢いたい。


それだけを願って廊下を走る。
いつも応接室の扉を開ければ、不機嫌な顔で暴言を吐いたり、殴ったりするくせに、何度か頬や瞼にキスを落とせば耳を赤く染めて大人しくなる雲雀君を思い浮かべた。

今日は後ろからそっと抱き締めようか。
それとも前から勢いに任せて抱き締めようか。

どっちでもいい、早くあの黒髪の不機嫌な愛しい人に、早く。


「あっ!?」


無我夢中で走っている僕は、下を見る余裕もなく途中で何かに足を取られ思い切り転びそうになった。
何とか態勢を持ち直し、今何に足を取られそうになったのか見ようと振り返る。

「しょ…いち?」

廊下の角では正一が小さくうずくまって僕の足をしっかりと掴んでいた。

「どうしたんですか…?」

正一は唇をキュッと結び、目に浮んだ大粒の涙を必死に落とさないように耐えていて、どうしたのか聞こうとしたが、正一は唇に人差し指を当てて黙るように示すと、親指で目の前の教室をくいっと指した。

「あ…あれは」

教室の中には銀髪の長身の美男子が微笑みを浮かべ、何か囁きながら前の人物の頬に手を添えていた。


「白蘭…!」

思わず声を出してしまった僕の口元を後ろから正一が慌ててぱちんと押さえた。
それに間抜けな声を漏らした僕はちらりと隣の正一を見やる。
正一はずっと白蘭が好ききで、白蘭も正一が好きなんだと僕はてっきり思っていたが。

どうやら違ったようだ。

教室の中の二人の距離は近く、こっちから見るとキスをしているようにも見え、どう見てもお取り込み中にしか見えない。

「正一…」

手がゆっくりと口元から離れて床にぱたり、と落ちたのを見てそっと正一の顔を盗み見ると、正一はメガネの奥で涙を流していた。

「どうして…」

小さく呟いたその声は小さすぎて目の前の小柄な人物に夢中な白蘭には届かない。
僕はそっと正一の肩に手を添えて慰めるようにさすってやった。
今の正一は痛々しすぎて、雲雀君の元に早く行きたくても放ってはおけない雰囲気だったから。

「なんで…」

ビクリと肩を震わせると正一は絞り出すように声を出した。
その声はゆっくり消えていく。

「なんです?」

小さな声を聞き取ろうと全神経を耳に寄せる。




「なんで…雲雀くんにっ…」

正一がしゃくりあげながら言った言葉が耳に届いたその瞬間、僕は息を止めた。
そしてゆっくりと正一の顔を覗き込む。

「え…?」

意味が、わからない。

何で今、雲雀君の名前が出て来るんですか。
今は白蘭の話でしょう。




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